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――そんなに書けないのなら、自分のことを書いてみたらどうですか。
出版社を辞めて今はゲームのシナリオを書いている、元編集者の大窪にそう言われたのは月曜日の朝だった。
ベッドの中で恋人が残していった匂いに鼻先を押しつけながら、霖之助はスマートフォンを裏返した。
小説が書けない。いや、文章が書けない。この半年間、一行も書けなくなっていた。
理由ははっきりしている。七冊目に出した本が三千部しか売れず、売れ残ったものは一冊残らず断裁処理されたからだ。それが心底堪えた。
誰にも読まれない本は古紙化され、資源として再利用された方が世のためだろう。内容も質量も重い、純文学のハードカバーなんかが古本屋の棚を占拠するのは悪なのだ。金属製の鋭い牙を持った正義の裁断機が、自分の本を噛み砕いていく様子が脳裏に浮かんだ。
バキバキバキバキ。
骨を砕くような音が響く。美しいハードカバーの装丁が一瞬でゴミになる。
その画を思い出すたびに、背中にびっしょりと汗をかいた。
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