霖之助の独白 ――①

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 ごめんなさい、という言葉が癖になる。とにかく謝りたかった。親身になって話を聞いてくれた担当編集者にも、本のデザインをしてくれたデザイナーにも、印刷所のオペレーターや取次の担当者や書店員にも、そして本を運んでくれたであろうトラックの運転手にも――。迷惑を掛けた人、全てに謝りたくなった。  けれど、謝罪の言葉を呟きながら床を転げ回っても、何も解決はしない。  最初は素直に書けなくなった。パソコンの前に六時間座り続けても一行も書けない。そのうちパソコンの前に座っていられなくなり、本体の電源をつけるだけで吐き気がするようになった。電話の音に怯え、担当編集者とまともに話ができなくなり、やがて電話に出られなくなった。メールも開けない。家から出るのが怖くなり、まっすぐ立っていられなくなった。  これは、あれか。書けなくなった小説家が最後に罹患する、例の病(、、、)なのだろうか。  何を食べても味がしない。パソコンに近づいたり、電話が鳴ったり、本屋でハードカバーの平積みを見たりするだけで、胃がひっくり返ったように中身が噴き出す。吐くのが苦しくないほどスピード感のある嘔吐だった。紙やインクの匂いを嗅ぐだけでおくびが込み上げる。新聞はもちろん、チラシや食品の原材料名や家電製品の説明書さえ読めなくなった。
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