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気がつくと水を飲んでも吐くようになっていた。トイレにいる時間が長くなる。冷たい床に膝をついて便器の上に頬を乗せた。もう駄目だ。便座の蓋の裏側にさえ合格マークがついているのに俺にはついていない。瀕死の作家はこのとおり、不合格の人間失格だろう。
――苦しい。
こんなにもクラシックな病み方をするんだな、と自分でも苦笑する。昭和の文豪が胃に穴を開け、最後はどこかの川に入水するように、自分もそのスタイルをトレースするのかと考えた。
もう田舎にでも隠居してキャベツでも作ろうか。そう言うと恋人の湊都は笑った。
「霖之助、知ってる? キャベツも大根も作りすぎたらトラクターで潰すんだよ」
バキバキバキバキ。
キャベツの世界も甘くはないようだ。それじゃあ本と同じじゃないかと、自分の頭を抱え込んだ。
恋人が言うには、日本には農水省が定める重要野菜緊急需給調整事業というのがあり、特定の野菜が豊作になりすぎた場合は、生産調整のために農家が廃棄処分しなければならないそうだ。
キャベツも無理なら、俺の人生はもうここまでだ、と言うと恋人は笑った。
「霖之助が小説を書かなくても誰も困らない。書けないのなら書かなくていい。やめればいいんだ。簡単なことじゃないか」
至極、真っ当な意見にそうかと首を縦に振りそうになる。
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