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「大体、俺は小説なんて読まない。読んだこともない。でも、ちゃんと生きてる。読まなくて困ったことは一度もない。俺にはそんなもの必要ないんだ。小説なんて人生に必要ない」
潔い生き方だと思う。本は自分を作り、自分を削り取る。読書は読書体験という疑似の経験値を増やすが、その反面、他人の思想が自分の思想を上書きしてしまう危険性も孕んでいる。
言葉がなくなる――恋人は他人の言葉に自分の言葉が消されるのが嫌だと言った。
「霖之助が書けなくなっても、俺は何も変わらないよ。パソコンの前で吐きそうになるなら、そんなもの、俺が窓から捨ててやるよ」
恋人の大きな手が自分の旋毛を捉えた。優しく頭を撫でられる。温かい手が己の震える指先を握った。
「霖之助が苦しんでるのを、もう見たくないんだ」
恋人に手を引かれ、顔をじっと覗き込まれた。黒目がちな瞳に自分の情けない顔が映っているのが見える。唇に吐息が掛かり、下唇を優しく吸われた。その温かさに喘ぐ。
「冷たい……」
舌先で上唇を捲られ、歯と唇の間に舌を差し入れられた。歯茎に熱を感じ、自分の体温が酷く低いことに気づく。口の中の隅々まで熱い舌で温められて、喉の奥に恋人の匂いがふわりと広がった。
「とりあえず冷蔵庫にあるキャベツで温かいスープを作ってあげるよ」
今日、キャベツを粉砕するのは自分の歯だ。
これではいけないと思いながら、まだ書きたいと思う自分がいた。
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