幸福の女神(1)

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 スマホが呼んでいる。  上着の胸ポケットから取り出すと、メールのアイコンが点滅している。  送信元を振り分けているから、誰からなのか瞬時に分かる――ボスだ。  時計を確認すると、まだ早朝、五時五分。 『朝早くにすまんな、譲治。出社前に、添付の地図の場所に寄ったってな。頼むで』  クリップマークを開くと、確かに地図の画像がある。某高級ホテルに赤い星の印が付いている。  返信を送ろうとした瞬間、再び着信音が鳴った。  『2508』というタイトルでボスから届いている。 『追伸や』  本文を開くと、短い一文だけがある。部屋番号という意味だろう。 『了解です』  こちらからも短信を返して、スマホを置く。それにしても、ボスはこんな早朝に目が覚めているのか。  今更寝直す時間でもあるまい。手早くベッドの乱れを整え、寝室を出る。  キッチンでミネラルウォーターを一杯流し込み、一息付いた。カウンターを回って、リビングのローテーブルの上のリモコンを操作する。 『おはようございます! 今朝のお目覚めは、いかがですかー?』  壁に据えられた32インチのワイドテレビが即座に反応する。  見慣れた女性キャスターの元気な笑顔が画面に広がった。彼女は白いブラウスの上に赤いカーディガンを着ている。クリスマスには早いが、まるでサンタのような衣装だ。  元の位置にリモコンを戻し、リビングの反対側に向かう。 『まずは、今日のお天気です。気象予報士のみすずさーん?』 『はーい、おはようございます! 気象予報士のみすずでーす』  最近知ったことだが、「みすず」というのは名字らしい。やたらと馴れ馴れしいやり取りだと思ったが、紛らわしい。 『今朝は寒さも緩み、日中も穏やかな日差しの一日となるでしょう。では、各地の詳しいお天気です』  聞き慣れた気象予報士の声をBGMに、日課の腕立て伏せを始める。 『それでは、今朝、これまでに入ってきたニュースです』  ニュースを聞きながら、腕立て伏せに続いて、上体起こし、スクワットを順番にこなす。それからルームランナーで10km走って、一息付いた。  夏ならここでカーテンを開けるのだが、今の季節の日の出は遅い。一旦、ストレッチを挟んで、パンチングボールを殴る。
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