幸福の女神(1)

3/6
39人が本棚に入れています
本棚に追加
/138ページ
『それでは、マダム・ハーデスの今日の運勢です! まずは、11位から2位でーす! 11位は、水瓶座さん!』  運勢が下位の方から発表されていく。1位と12位を最後に発表するシステムは、人の関心を引く実に巧妙なやり方だ。 『残るは、1位と12位でーす』  カウントダウンを終えたが、まだ俺の星座は呼ばれない。画面に背を向けたまま、パンチングボールをリズムよく殴り続ける。あと100回だ。 『今日の1位、ラッキーさんは……蟹座のあなた!』  ……12位だ。 『そして、ごめんなさい! 最下位の乙女座さんは、思いがけない出来事に振り回される一日になるでしょう。そんなあなたの運気を回復させるラッキーアイテムは、アスパラガス!』  アスパラ……この季節に、か?  平穏な日常では、なかなか遭遇しまい。だから12位なのだろうか? 『続けて、ラッキーカラーは……青紫!』  ――おい。そこは緑、百歩譲っても白じゃないのか! 『それでは、今朝の一曲でーす』  ギターの旋律が流れたところで、ちょうど100回殴り終えた。ほどよく身体が温まり、肌着が湿り気を帯びている。  テレビを消して、バスルームに向かう。熱めのシャワーをたっぷり浴びた後、頭だけ冷水をかけた。  新しい下着と肌着を身に付けて、寝室に戻る。ウォークインクローゼットに入り、服を選ぶ。スーツは、同じ色、デザインのものが何着もある。気に入ったものは毎日でも使いたい性質(たち)なのだ。  スーツの下に着るシャツも、糊が効いてパリッとした状態で、棚にズラリと並んでいる。  ……青紫か。  鏡の前で合わせて、サックスブルーのシャツにした。  姿見の一面鏡の縁の突起を押す。滑らかに鏡が回転した。その奥に一畳程の空間がある。棚の木箱から予備の弾倉(マガジン)を取り出して、ショルダータイプのホルスターに収納する。もちろんコルト・ガバメントに装填されたマガジンのカートリッジも確認しておく。  ホルスターを装着し、上着を羽織る。個人的にはヒップホルスターが好みだが、運転するには邪魔になるためショルダータイプに慣れざるを得なかった。  鏡を元に戻し、全身をチェックする。まあ、いいだろう。納得して、カーキ色のトレンチコートを手に取り、クローゼットを出る。
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!