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「何も言ってないじゃないですか」
「まぁいいわ。大切にしなさいね」
「はぁ……ありがとうございます」
ため息に似た息を付き、女神を袋に戻す。
今朝の運勢がチラリと脳裏をよぎる。恐るべし、マダム・ハーデス。
「ボスには、午後から行くって伝えておいて」
「分かりました」
用が済んだと言わんばかりに、キャサリンは髪を掻き上げた。
「それでは、俺はこれで」
「ええ。ご苦労様、ジョージ」
ライチの箱と女神の紙袋を手にして一礼する。
踵を返してドアに向かった背後で動く気配がして――振り返った瞬間、至近距離にキャサリンの顔がある。
「――?」
「女神の御加護がありますように」
彼女は神妙な真顔を近づけてきて――身を引こうとした俺の腰にグイと腕を回し、額に口づけた。柔らかな感触に心臓が跳ねる。
「な、何の真似ですか」
「気を付けなさいね。あなたを狙う輩の情報があるわ」
いつもの悪ふざけではない答えに、内心の動揺が引き潮の如く遠退いた。
「……今更ですよ」
「ふふ……そうね。でも、あなたに何かあると――ボスが悲しむわ」
命を進んで粗末にするつもりはないが、執着や未練もない。そんな俺の覚悟はボスも承知のはずだ。彼女とて、既知のはずだろう。
「ありがとうございます」
それでも敢えて口にしたということは、三下風情の刺客ではないのかもしれない。
「じゃあね、ジョージ」
下げた頭にポンと触れると、彼女は部屋の奥に戻って行った。
今度こそ、俺は2508号室を後にした。
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