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「おはようございます、譲治さん」
事務所に着いたのは、八時を少し回った辺りだ。
デスクの後ろのロッカーにコートを掛けていると、ミカン色のスーツ姿の金岡が一礼した。こいつは金満興業の社員だ。ファッションにこだわりがあるようだが、いつも派手な色のスーツを着ていて、センスを疑う。
「ボスは」
「まだお見えになっていないようです」
「そうか」
早朝にメールが来たから、何かあるかと思ったのだが。
デスクに着くと、予め用意されていた新聞に目を通す。まるで世間一般の企業のような光景だが、ここは朝礼もなければ、タイムカードもない。生活に困らない報酬は与えられるが、あくまで能力給だ。成果を挙げられない者は、馬車馬のようにこき使われる。ある意味、世間のブラック企業など足元にも及ばない。
九時を過ぎると、他事業の社員もパラパラとやって来た。普段の俺は十時までには出社するので、彼らは決して遅くはないのだが、先にデスクにいる俺を認めると慌てて挨拶してきた。
俺が所属する組織は、ボスを頂点に多くの社員を抱えている。基本は金融業と不動産業だが、「金になることなら何でもやる」という商魂逞しいボスのお陰で、法律に捕らわれない怪しい商売を含め、手広く事業展開している。
この事務所は、本社・総務部という肩書きが付いているものの、実態はボス直属の雑用係である。
結局、ボスが現れたのは十時を回った頃だった。
「おはようございます、ボス」
19階のオフィスに入ると、オーク色の落ち着いたスーツの上着をハンガーに掛けている所だった。
古い言い方をすればロマンスグレーという表現が符号するのだが、50代に差し掛かっても精神的な衰えを知らない。特別鍛え上げてはいないらしいが、贅肉の類いは見つからず、引き締まった体型は日本人離れの感さえもある。太い眉に大きな二重、鼻筋が通った濃い顔立ちは、ロシア辺りの異国の血が入っているのかもしれない。
「……なんや、譲治か」
関西弁ではあるが、彼が生粋の関西人かどうかは怪しいものだ。ごく一握りの古参の側近でさえ、出自を始めとしたボスの過去を知る者はいない。
「えろう早うにすまんなぁ。まだ時差ボケが抜けなくてなぁ」
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