幸福の女神(2)

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 メールのことを言っているのだろう。早起きだと訝ったが、何のことはない。先日の出張(バカンス)からズレた体内時計が、上手く修正できていなかっただけか。 「いえ。キャサリンさんは午後から来るとのことです」 「うん、そうか」  歯切れが悪い。これは時差ボケのせいではなさそうだ。 「どうかしましたか」 「譲治には、そろそろ休みをやらなアカンのやけどな……一つ頼まれてくれるか?」  デスクではなく、応接用の革張りのソファーに身を沈めたボスは、俺にも座るよう仕草で促した。 「何です?」  正面のソファーに腰を下ろす。ボスは渋面を露にして、身を乗り出した。 「フラワー事業なんやけどな……花山のヤツが、どうも抜いているようなんや」  ボスは繁華街に高級クラブを幾つか持っている。夜の華による癒しと憩い、性的なサービスを含むそれらの事業を「フラワー事業」と呼んでいる。  この事業に携わる社員は皆「花」の名字を持つ。偶然などではない。もちろん偽名だ。わが社は事業ごとに統一した名字(コード)を使っているのだ。 「締め上げますか」  花山は売上金を回収する係、いわば金庫番だ。  抜いている、ということは売上金の一部を懐に納めているということだ。なかなか舐めた真似をしてくれる。 「世話かけてすまんな」 「いえ」  立ち上がり掛けた俺を見上げ、ボスは眉間のシワを深くした。 「譲治。知っての通り、花山はフラワー立ち上げから関わっている古株や。今更、ワシを裏切るゆうのも妙な話や。裏で糸引いてるヤツがおるかもしれん。気ぃ付けてな」  キャサリンといい、ボスといい、どうも今日はやたらと身を案じられる。 「分かりました。ありがとうございます」 「遅くなるようなら直帰してかまへんけど、報告だけは何時でもええさかい寄越しいな」  やはり妙だ。ミッション後の報告を欠かしたことのない俺に、敢えて念を押すように言い添えてくる。  まるで、俺の無事を確認したいが為――というのは考え過ぎか? 「分かりました。失礼します」  違和感を抱えつつ、もう一度一礼して、オフィスを出た。 -*-*-*-  危険な仕事なら望むところだ、受けて立ってやる。  そんな風に奮い起ったのは、いつまでだったろう。
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