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「俺がどうしても打ち合わせておきたいことあるからって、このスタジオまでスタッフに来てもらうのでさすがに抜けられないです。打ち合わせ終わるまで待っててくれるなら、お付き合いしますよ?」
くすくす小さく笑う結人の声。
「なんだよ、それ。すぐ終わるんだろうな?」
「うーん、どうだろ?一時間くらいかな。二時間はかからないと思います」
「じゃ、一時間経ったら無理矢理拐っていく」
東城の言葉に結人は吹き出すように笑う。
「むちゃくちゃ言わないで下さいよ」
「そうでもしなけりゃ、いつまでも働くって。スタッフがやるような仕事までやるって高俊も嘆いてたぞ」
今は他で打ち合わせのためにスタジオに居ないマネージャーの高俊と東城は年が近いこともあって仲が良い。
結人と東城はスタジオ内の空気をものともせずに話すものだから、スタジオ内には二人の声ばかりが響く。事務所のレッスン生であった頃からの付き合いである結人と東城はとても仲が良い。五歳年上の東城は結人が可愛くて仕方ない様子を隠そうともしない。
無理しすぎるなよ?と東城が結人の頭を軽く撫でたところで
「まだっすか?だらだら話してるほど暇じゃないんでそろそろ始めて欲しいんですけど」
言い方は丁寧でも、恐ろしく圧のかかった征弥の声が響いた。その場にいる全ての者を従わせるようなその声。
「何だよ、俺が暇人っていうのかよ」
一瞬凍りついた現場だが、結人が咄嗟にふざけて拗ねたような声を出したので、何とかその場は保たれ、撮影に入った。
ゲストの東城と、グループのセンターである征弥を中心に歌の収録は進められる。
東城に合わせた、大人っぽく艶かしい雰囲気の曲をメドレー。
ゲストと歌うときは、ゲストを喰ってしまわないように多少控えめにする征弥だが、今日は手加減が一切ない。そして、東城もそれに負けじとパフォーマンス繰り広げる。
張り詰めたムードが逆に今日の選曲と合っていて、これはいいものが撮れたとプロデューサーも息を飲む。その時だった。
「うわっ………」
孝太郎が横転した。
「あー………」
残念そうなプロデューサーの山城の声が響く。
「すいませ……っ」
孝太郎は脚が痛むのか顔を歪ませながら、直ぐ様謝ったが、あまりに素晴らしいものが撮れていたのに中断された落胆の空気がスタジオ内に広がった。
「すみません、東城さん」
征弥は東城に頭を下げると、青褪めた孝太郎の前にすっ、と手が差し伸べられた。
「脚、癖になってんだろ?大丈夫か?」
征弥の美しくて大きな手が差し出された。
ぐっ、と力強く引っ張り上げられる。
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