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都心を外れた、風通しのよい街の一角に、その病院はあった。白い外壁が少しくすんで、それが日の光待つ街にほのぼのと浮かび上がる。白壁に一面ガラス張り、朝まだきの淡い光を反射する、近代的な白さである。その色あいが、次第に闇を薄め白に濃くなっているから、朝日が射すのはもうじきだろう。
益子病院はこのあたりでは大きな病院であった。
少年は、朝と夜のせめぎあいの様を、病室のベッドよりねぼけまなこで見つめていた。すると、カーテンの隙より覗いていた世界に、何か、異質なものが映り込んだ。それは別棟の屋上に、いた。華奢な体躯に黒い翼をはやし、制服、であろうか。黒のブレザーを纏っていて、それにジャケットをはおっているらしい。
そして空がまだ目を覚まさないうちに、彼女は屋上から飛び降りた。
「あ」
少年が鋭い声を出す。思わず窓を開け、慌てて彼女の姿を探した。しかし彼女はこの薄闇の敷かれた地表のどこにも見られない。少年はふと、空を仰いだ。
ちょうど太陽が果てから顔を出したとき、少年は息を飲んだ。あの少女は、見事に蝙蝠かのように滑空していたのである。もはやここからは鳥のようにしか見えない。だが羽をそよがして空を飛んでいく少女は、まさに先ほどの吸血鬼であった。
「あの噂は、本物だったんだ」
少年は日の光に眼を細めて、いつまでもそれが飛んでいった先を、眼で追っていた。
◆
益子病院はこの地域では一番の総合病院である。医者看護師の人材も潤沢で、中はいたるところまで美しく磨き込まれ、クラシックが流れ、無名の画家の絵が美術館を模すように廊下の壁に飾られていた。
――そこに、彼女はよく通っていた。ブレザーを纏った、黒髪ショートヘアの彼女が廊下を歩くと、道ゆく人はみなみな振り返った。
「ねえお母さん、あの人すごく綺麗ね。白いお肌に、黒い瞳、お人形さんみたい」
振り返った先で娘がそう言うと、母なる人が「そうねえ」と答えた。
「本当に綺麗な子ねえ」
近くの待合にいた老婦人もぽつり、呟く。
「だけどああいう子は、決まって長生き出来ないのよねえ」
長生きか。少女は背中ごしに笑った
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