曙色に染まる空

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をしたり、しない限りは。 昔の伝承では、人の首に牙をたてるとその者も隷属にさせてしまうという。大きな声では言えないが、それはおそらく本当だ。凛子だけはその真実を知っている。  洋書が積み重なる机の隙を縫って、凛子が飴色の椅子に坐した。それをこのちょっと女性的なドクターが見やって、口を切った。 「ねえ、吸血鬼になるってどんな気持ち」  紅茶葉の香りがあたりに漂うなか、ドクターから質問が飛んだ。凛子が紅茶を喫してから、苦い顔をする。 「……知らないわ。だって、ものごころついた時から私は吸血鬼だったもの」 「そう、いいわねえ」  ドクターは本当にそう思っているかのようにため息をついた。 「私も最近しわが見えてきちゃって、ファンデを探してるんだけど、隠し通すのも難しいのよね。吸血鬼になれば不老なんでしょ。ほぼ不死なんでしょう。いいことづくめじゃない。私もなりたいわあ」 「ならない方がいい」  凛子がぴしゃりと断ずる。 だって、吸血鬼になり不老でほぼ不死であるということは、愛した人間を見送らねばならぬということ。たとえばこの先家族が作れても、その家族は人間ゆえに死んでいく。吸血鬼である自分だけがこの世に残る。それをひたすらに繰り返していく。なんというむなしさか、なんという哀しみか。  果てのない荒野をさまよう、憂愁の孤独が凛子にはつきまとっている。 (このまま永遠に一人なのか)  その思いが募るとき、どうしても衝動的に死を試みたくなる。でも、吸血鬼でも痛覚は人間と同じだ。電車に飛び込みたくなる時もある。けれどさぞや痛いだろうと思い踏みとどまる。 もし死が怖くないのだとしたら、死の痛みをも、超えるほどの覚悟と安堵があるのなら、私はいつ死んだっていい。凛子はそう思っていた。ドクターがまた、口を開いた。 「いやね、これだけ病院にいて死にゆく人を見ていると、たまにあなたが羨ましくなるのよ」 「そう、なの」  凛子が不機嫌そうに言うのに、気が付かないのか岡田は続ける。 「ええ。限りある命からしたらね。命は有限だから尊いというけど、あれは嘘ね」  そうだ、と紅茶をあおるドクターが思い出したように言葉を紡いだ。 「あなた、日田高校よね」 「うん」 「最近進級して、クラス替えして、2のBになったのよね」
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