0人が本棚に入れています
本棚に追加
をしたり、しない限りは。
昔の伝承では、人の首に牙をたてるとその者も隷属にさせてしまうという。大きな声では言えないが、それはおそらく本当だ。凛子だけはその真実を知っている。
洋書が積み重なる机の隙を縫って、凛子が飴色の椅子に坐した。それをこのちょっと女性的なドクターが見やって、口を切った。
「ねえ、吸血鬼になるってどんな気持ち」
紅茶葉の香りがあたりに漂うなか、ドクターから質問が飛んだ。凛子が紅茶を喫してから、苦い顔をする。
「……知らないわ。だって、ものごころついた時から私は吸血鬼だったもの」
「そう、いいわねえ」
ドクターは本当にそう思っているかのようにため息をついた。
「私も最近しわが見えてきちゃって、ファンデを探してるんだけど、隠し通すのも難しいのよね。吸血鬼になれば不老なんでしょ。ほぼ不死なんでしょう。いいことづくめじゃない。私もなりたいわあ」
「ならない方がいい」
凛子がぴしゃりと断ずる。
だって、吸血鬼になり不老でほぼ不死であるということは、愛した人間を見送らねばならぬということ。たとえばこの先家族が作れても、その家族は人間ゆえに死んでいく。吸血鬼である自分だけがこの世に残る。それをひたすらに繰り返していく。なんというむなしさか、なんという哀しみか。
果てのない荒野をさまよう、憂愁の孤独が凛子にはつきまとっている。
(このまま永遠に一人なのか)
その思いが募るとき、どうしても衝動的に死を試みたくなる。でも、吸血鬼でも痛覚は人間と同じだ。電車に飛び込みたくなる時もある。けれどさぞや痛いだろうと思い踏みとどまる。
もし死が怖くないのだとしたら、死の痛みをも、超えるほどの覚悟と安堵があるのなら、私はいつ死んだっていい。凛子はそう思っていた。ドクターがまた、口を開いた。
「いやね、これだけ病院にいて死にゆく人を見ていると、たまにあなたが羨ましくなるのよ」
「そう、なの」
凛子が不機嫌そうに言うのに、気が付かないのか岡田は続ける。
「ええ。限りある命からしたらね。命は有限だから尊いというけど、あれは嘘ね」
そうだ、と紅茶をあおるドクターが思い出したように言葉を紡いだ。
「あなた、日田高校よね」
「うん」
「最近進級して、クラス替えして、2のBになったのよね」
最初のコメントを投稿しよう!