曙色に染まる空

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「うん」  何だろう。何を言う気だろう。凛子がそう疑問に思っていると、岡田はソファに座して、こう言った。 「あなたと同じクラスになるはずの男の子が入院しているの。つんけんしているけど、とってもかわいくていい子なのよ。お見舞いしてあげて頂戴」  とってもかわいくて、のところがいやに強調されていて、つい凛子は笑ってしまった。 「好みなの?」 「あと二十年、彼がここにいたらね」  岡田も微笑んだ。これに凛子は何かのひっかかりを感じた。二十年、いたら? そんなに若いのだから、ふつう骨折などだったらすぐに治って学校に来るだろう。二十年もいたらなんて、変な言い回しをするものだ。 「204号室よ、お願いね」 「……厭」  そうとだけ呟いて、凛子は席を立った。岡田のもう、という顔も見ないで済むよう、急ぎ体を翻し、ドアに手をかける。それから急いた声音で。 「私、誰にもできるだけ関わりたくないのよ。特に人間にはね」  ドアの閉まる、やや激しすぎた乱暴な音が響く。ちょっと冷たい言い方だったかなと思いつつ、凛子は言いたいことが言えて、せいせいしていた。そう、人間は嫌い。種族が同じくくせに、愛し合ったり、嫌いぬいたりして、見苦しいもの。私は吸血鬼。だから生涯誰をも愛さない。一人で生きて、いずれは電車に飛び込んだっていい。 そんな風に、凛子は半ば投げやりに考える時があった。 【永遠に一人】との思いが去来する。それは彼女の中にわだかまる虚無の仕業に違いなかった。 病院の外に出る。むせかえる程に澄んだ空気、青い空――。雲が果てにうっすらかかっていて、眩しさがなだめられている。 (ああ、青空とは、日の光とはなんて疎ましい色合いなのかしら)  なんとはなしに解放、を感じていた。それは病院という最終的な死に結びつく施設から出たゆえかもしれなかった。死からの解放、それは死でしかありえない、と凛子は思っていた。 (私の幼き日に、両親も死んだ)  最後には愛した人の血をすすって、死んだ。母は人間だった――。最後は落とした陶器のようにひび割れて。恋が、彼女を殺した。  二人のなれの果てとなった、灰の色。それが空の雲に重なるはずもないのに、堆くなった灰を思い出して、ますます空が疎ましくなった。 ◆
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