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「はいはい、じゃあさっそくこれをさしあげましょうね」
岡田がまたクーラーボックスから献血のパックを取り出した。ごくりと、自分でも唾をのむ音が聞こえて、凛子は己が恥ずかしくなった。
パックを急いて開けたせいで、少し、血がはねて白の制服のシャツにしみになった。だけど、血を飲むとやはり生きている感じがする。真夏の盛りに全力疾走した後、人間が水を欲しがる心理に似ている。献血パックの中身をひとしきり飲み込んで、少し、口を離した。
「……ありがとう、岡田先生」
「厭だ、お礼なんていいわよ。あなたにしては珍しい」
くすくすと、また岡田が微笑んで首を振る。と、その時だった。ふいに足音が近づくのが聞こえた。乱暴な音ではないが、躊躇いなくこちらに近づいてくる。どうしよう。まだ飲み切ってないのに。
(あ、鍵……)
凛子は焦った証拠に、岡田を横目で見やった。岡田は微笑むばかりで席を立とうとしない。
「やだっ岡田先生鍵っ鍵しめたのっ」
思わず鋭い声を出してしまった時には、もう、ドアが開いていた。
「あっ」
凛子は眼を見張った。そこにいたのは、顔色の白い、整えられた顔だちの、同い年くらいの少年だった。
「あ、あ……」
凛子が何も言えず押し黙ってしまうと、少年はこう憎まれ口をきいた。
「なんだ、おかまもやっと女に目覚めたと思ったら、相手は吸血鬼かよ」
え……。
なぜわかったの。そう凛子が言うと、少年は瞳を細めて答えた。
「お前、献血パック急いで隠したろ。制服に血がはねてるし、口に血がついてる」
「うそっ」
「口の方はうそだよ」
くく、と少年がほくそ笑むので、凛子は真っ赤になって顔を背けた。
「驚かないの」
凛子が訊くと、少年はうん、と頷いた。
「だって俺、お前のこと見たことあるもん」
「えっうそっ」
「こないだ朝、空飛んでいったろ? 偶然見てたんだ。制服だったしな、お前」
「えっ」
凛子はここで眼を尖らせて、少年をじいと見据えた。
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