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繋いだ手が、不意にグッと引かれる。
気が付くと、いつもの古寺に差し掛かっていた。ここの境内で綺麗な落ち葉を探すのが、娘との日課になっている。
手をそっと離して、こちらを期待して見上げる双眸に首肯を返す。黄色いジャンパー姿が、嬌声と共に駆け出した。
足元に投げ出された保育園の通園バッグと帽子。苦笑しながらそれらに手を伸ばして、携帯電話に意識を戻す。
「先輩?」
「あぁ、失礼。だがな、オレの今のクライアントは中小企業の経営者ばかりだよ。目先の資金繰りに頭を悩ませている人達から、そんな金額がポンと出てくる訳がない」
「本当だったんですね。先輩が小さなコンサルティングファームに転職したって話」
「不満そうだな」
「ノー・リスク、ノー・ライフ、じゃなかったんですか」
「黒木、オレはもう、死人だよ」
その後、自分でも何を話して通話を終えたのか、よく覚えていない。あれ以来、あらゆる記憶が曖昧なまま、過去へと呑み込まれていく気がする。
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