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赤いイグニションボタンを押し込んでエンジンに火を入れた瞬間、助手席のドアが開いて見覚えのあるストライプスーツの痩身が滑り込んできた。
「……何のつもりだ、黒木」
「貴方の為に、ほぼ三日徹夜しました。もう限界です」
レザーシートで拗ねた肉食動物みたいに前方を睨む横顔。目下の黒い滲みがチークにまで届きそうだ。
「オレも最後にいつ寝たのか、覚えていない。お前を自宅まで送る気力も残ってないし、正気を保てる自信もない」
「わかってます。でも、さっきみたいな相場を経験したら、私も正気ではいられません」
「……勝手にしろ」
残された気力を振り絞ってクラッチを繋ぐと、荒い手捌きでステアリングを切る。地下駐車場の景色が真横に流れて、虚ろな空間にスポーツタイヤが甲高く鳴いた。
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