こたつ奇譚 その弐

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 そこかしこから、部屋が隠しもっていた『毒素』みたいな何かが、滲んで、したたり落ちて。  人では、もちろんありえない。絶対に遭ってはいけない・・・・・・命にかかわる『モノ』がーーのぞきかけているような。  コノ部屋カラ出ナケレバナラナイ!  何と言って『帰る口実』を設けたものかーー全く、記憶に残っちゃいない。数分後に俺は、上着を着て、あがり口で自分の靴を慌ただしくはいていた。  そんな俺を、F沢が見つめていた。あの、脱力した表情。そうして、物悲しげな目。 その時。  F沢に重なるようにして。あいつの背後に、じんわりと。何かが見えたーー気がしたのだ。  シルエットが、ひどく崩れた何かが。  そうだ。ひどく崩れて。崩れきって・・・・・・・・・・・・。  俺は、気がつくと寒風の中で、立ちすくんでいた。  目の前にはあの、どうにも覚えられない。なんとかという「建物名のプレート」が、外灯の明かりで鈍く光っていた。  鈍く、寒々しく・・・・・・。  以来、俺はF沢に会っていない。向こうからも、連絡はない。  俺の頭のどこかには、ひどい後味の悪さがのこっている。最後に見た、あいつの物悲しい目がこびりついている。  『悪友』『くされ縁』。それでも、あいつは長いつきあいのトモダチ、そうだったはずなのだ。  あの時、どうして無理やりにでも、『あの部屋』から連れ出さなかったのか。  一言で言えば、自分が可愛い。  そうなのだ。相手が誰であれ、生活に困窮している人間の面倒に。ふつうのーー平々凡々たるサラリーマンが、どこまでつきあえるというのだろう。  そんな計算がなかったと言えば、嘘になる。  
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