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夕方の申し送りを済ませて、帰り際に彼を見舞おうと着替えを済ませてから会いに行った。寝返りひとつ打っていない皺のない掛布団を見て、不安になって駆け寄った時だった。彼は深く息を吸い込んでから、弱々しいため息をついた。
こういう呼吸をするとき、命が去る合図だったことがある。
看護師をしていると、他人の人生が終わる瞬間に立ち会うことは避けられない。
私は彼らが亡くなって旅立つ時に、立会人のつもりで魂に声を掛けた。
「あなたの還る場所へ真っすぐに向かって下さい」と・・・。
彼の口元に耳をあて、呼吸していることを確認しながら頸動脈で鼓動を確かめていると、突然目を開けた。
すぐそばで見た彼の瞳は薄い茶色で、瞳孔が真っ黒いガラス玉のようにキラリと輝いた。
その美しさに一瞬で心が奪われた。
彼の瞳を覗くと、どんな女も恋に落ちてしまいそうだ、と思った。
「君は?」
澄んだ男の人の声。
「・・・私は波戸崎です。看護婦をしていて、あなたをこの病院に・・・」
「波戸崎・・・?」
彼は眉をひそめた。呆然としながらも、なにかを思い出そうとしているような、そんな表情だ。この町で嫌われ者の家族だと知ってるとでもいうのだろうか?
私は急速に心配になっていた。
「・・・まさか、諦めた途端に出会えるなんて」と、そんな不思議な言葉を彼がつぶやくのを聞いて、この出会いが偶然の中の必然だということを咄嗟に感じた。
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