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「僕は天川 夏希と言います。
行き倒れているところを助けて頂いたようで、お世話になりました。
ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げられて、私はつられて頭を下げていた。それを見た彼は、少し驚いた顔をしてから微笑んだ。
「つかぬ事を伺いますが、君は波戸崎 野々花さんのご家族の方ですか?」
意外な人の名前が飛び出して、私は驚いてしまった。
それは亡くなった母の名前。
他人の口から聞くのは、何年振りだろう。
「・・・そうです。その人は私の母です」
「そうですか!神様は僕を見捨てなかったようだ!」と、彼は突然大きな声で喜んだ。
私は母がもう亡くなっていることを言うべきなのに、その喜び様に言葉を飲み込んでしまった。
「風の噂を頼りに宛てもなく探し回るには、北海道は広すぎました。
もう諦めていたんです。せめて一目お会いしたくて・・・」
「あの・・・。母とは、どういった繋がりで?」
肝心な事実を隠したまま、聞かずにはいられない。
12歳で初潮を迎えたその日の家に父から聞いた話を思い出す。
父と母は駆け落ちしてこの地に根付いたと聞いている。
血は繋がっていないけれど、戸籍上兄妹の仲だった両親が家族と村の衆による強い抑圧から逃れるために、開拓間もない北海道で新しい人生を仕切りなそうと必死に駆け抜けた半生に想いを馳せた。荒地という名がお似合いの未開の土地を耕し、人が集まり始めたばかりの村を転々と移動して、行きついた場所がここだった。
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