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母には特殊な能力があると信じられていた。私の前ではそんな素振りのひとつもふるまわず、野に咲く花のように逞しくて毅然とした美しさを持つ母を思い浮かべる。29歳と言う若さで亡くなった母のことを想うと、もの哀しさよりも束縛から解放された喜びの方がはるかに大きいと感じてしまうほど、母の人生は壮絶だという印象しかない。
天川 夏希さんは品のある口調でゆっくりと私に事情を説明し始めた。
「私は、信州の神社を祀る神主の家系の長男です。
同じ系統の波戸崎家とは家同士による古くからの親交がありました。
本来ならば、私が現波戸崎当主のお嬢さんと婚姻し後継者を生み育む使命がありましたが、生まれつき虚弱体質のせいで破断になってしまいました。
強力な神通力を誇る波戸崎家との縁談が白紙になると、衰退の一途をたどる天川家にとっては非常事態。私の妹が波戸崎家の分家の方と婚姻するという新たな話が浮上しまして、家の問題は片付いたのですが、父には沢山の弟がおりまして後継者には困っておりません。つまり、私は用無しです。
情けない話ですが、生きる意味を失った私は村を離れ新しい時代を迎える日本を旅しようと思ったのですが、持ち合わせのお金も体力も限りがあるので、どうせ行くなら自分と同じ道を逸れたという野々花さんに一目お会いしてみたいと思って・・・」
この人も、母と同じお家問題の被害者ということだ。
「会って、どうなさるんです?」
「閉塞された環境下で育った者が、突如糸の切れた凧のように自由に羽ばたいたその後の人生をこの目で視てみたい、と思ったのです。私にはそうした想像力が欠けていて、どうにも新しい人生とやらが見えて来ません・・・」
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