第1章 恋に落ちて

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家に帰っても、唯一の家族であるお父さんは広大な畑のどこかで無心になって仕事していた。 あの人は子供は放っておいても育つと勘違いしているんじゃないだろうか? 確かに、私はお母さんが死ぬまでの間に一通りの家事は仕込まれてきた。 大人に負けないぐらい仕事をして、誰にも文句を言わせない気負いでなんでもこなすけどさ。 どうしようもなく話し相手が欲しい時ぐらい、話しを聞いてくれたって罰は当たらないと思うんだ。 だけど、お父さんにはそんな文句も響かない。 あの人はとにかく、来年の収穫が増えることだけに頭脳を使っている。 お母さんの着物を裁断して、自分用に羽織物をこしらえた。 布団からすこしだけ綿を取り出して、お腹の辺りに綿を摘めるといくらか温かくなる。 やぶれたズボンもシャツも裁縫さえできれば修復ぐらいは簡単だ。 でも見てくれが悪いと着る気分にもなれない。 もっとオシャレを楽しみたいという欲求が顔を出す。 この性格には我ながら困ったものだ。 文明的な暮らしをしたいなら、将来何になるべきかじっくり考えなくちゃいけない。 山を分け入った集落から徒歩で小一時間も歩けば、人里が町になり市場には沢山の品物が並んでいる。拾った小銭をかき集めて、私は本を買った。
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