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彼は白いシャツに白いズボンを着ていて、カバンの類はまったくなくて、雪駄の鼻緒が今にも千切れそうになっていた。季節は初夏だったけど、陽が陰った途端に海から吹き付ける強風でかなり肌寒い時期なのに、あまりにも無防備な風貌だと思った。
ピクリとも動かないし、もしかして死んでいるんじゃないかと心配になってそっと顔を覗いてみたら。寝顔だっていうのに、心臓がどきんと跳ねた。
色白で綺麗な鼻筋に彫りの深い瞼がくぼんでいた。すこしだけ隈が浮かんでいて、標準より痩せているみたいだった。手首を見れば、どれぐらい痩せているのかは大体予想がつく。この人は放っておいたらいけない、とすぐに感じた。
汽車が来た。
だけど、彼は目覚めない。
肩を叩いてみたけど動かなかった。
私は汽車をやり過ごすことにして、改札の外に出ると公衆電話から病院に連絡をした。
救急車が駆けつけてくれて、その人を乗せた車に便乗して出勤した。
救急隊員と三人で彼の脈を探したけれど微弱だった。
脱水症状かもしれないってことで、携帯されていた点滴を刺して血圧を計測。
上も下もかなり低い。
名前も身元もわからない若い男は意識がないまま私の判断で町営病院に入院する羽目になってしまった。目覚めた時にそばにいて、すぐに説明してあげられたらいいのだけど・・・。
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