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机に一枚だけ乗った紙。その薄桃色の紙ーー入学個票を見つめ、青年は深く息をついた。
「ようやく…………」
万感の思いで、そっと手に取る。
丸い文字で書かれた名前は樺山明已。添えられた写真からは、思春期らしい複雑さと、生来の勝ち気さが窺えた。
得てして同性に嫌われやすい幾つかの要素が、彼女からは感じられる。それは碧の黒髪美しい端麗な容姿であり、尊大にすら思える自尊心であり、自己中心的な発言だ。
だが、仕方ない。
彼女はそう生まれついてしまったのだから。
その彼女をこそ、彼らは探し求めていた。
息子の、嫁にーーー。
備考欄に大人の手で書き足された文によれば、明已は中学校でいじめと不登校を経験している。
彼にはわかった。彼女はどう考えても周りと相容れる存在ではない。
しかし当の本人にすれば……たぶん今でも……原因は不明。むしろ、自分を受け入れない世界を恨んだことだろう。
引きこもって一年半。
そんな状況だったからこそ、届いた入学案内と手紙に両親は即食いついた。
すべては、こちらの掌の上。
ふ……と、青年の紅い唇から笑みが零れた。優しく。妖艶に。
ほー、ほけきょきょ。
視線を向けた窓の外で、気の早いウグイスが一声鳴いた。その声はたどたどしくも、初々しい喜びに満ちている。
誘われるように、紙片がかさりと動いた。
明已の写真をつけたまま、まるで、足でも生えたかのように。
かさこそと窓辺へ向かう。
新しい季節は、もう、すぐそこだ。
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