1 狐とお揚げ

7/7
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
「もう平気だよ、樺山さん」  放心したアタシの目の前に、どこかで見た覚えのある男の子の顔。  潤んだような瞳は茶色がかっていて、フワフワの髪もやはり茶色い。常に微笑が浮かぶかのような紅い唇。  テレビの中でしか見ないような、かわいらしい、フランス人形みたいな少年だ。  こんな子、そうそういるわけがない。  記憶の中の姿より成長しているものの、はっきりわかる。 「蓬莱(ホウライ)已月(イツキ)……………?」  小学校6年生の時、1ヶ月間だけ同じクラスにいた不思議な少年。  その外見と優しい性格で引く手あまただったのに、なぜかわざわざアタシに声をかけてきた奇特な人物。アタシ、孤立してたのに、だ。 「うん。久しぶりだね」  柔和であどけない微笑みが、思い出を鮮やかに蘇らせた。  已月の前では嘘がつけない。  あの頃、クラスで一番やんちゃだったヤツがそう言った。  みんなが同じ気持ちになったのは、きっと已月のもつ透明な雰囲気と、真っ直ぐな視線のせいだろう。 「ボクの部屋においでよ。樺山さんにはいろいろ説明したいし。  立てる?」  背が伸びたのに。声だって低くなったのに。  変わらない。  優しい、已月。 「……なんでアンタが…………。元気そうで、良かったけど…………」  体が弱くて真っ白だった已月の頬が、今はほんのりと健康的に色づいている。  久しぶり過ぎて、言いたいことはたくさんある気がするのに、うまく言葉にならない。  ただひたすらに、数少ない友人の……再開した驚くほど元気な姿に見入ってしまって…… 「ロイちゃん!? どこか怪我しましたっ!? 泣いちゃ嫌ですぅ……っ」 「え…………?」 「大丈夫だよ麗。樺山さんは喜んでくれているだけだから。ね?」  嬉しいせいか、安心したせいか、それとも違う何かのせいか、自分ではわからない。  けれど、目元に手をやってみれば、予想外に大量の涙が零れ出ているのは確かで。  動揺のあまりハンカチで顔を覆えば、今度は嗚咽までせり上がってきた。  声を上げて泣くのなんて、いつぶりだろう。  恥ずかしい、止めなきゃと思うのに、止まる気がしない。  もしかして、アタシは泣きたかったのだろうか。こうやって、思いきり。  ………………本当に、感情というものは、よくわからない。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!