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ベッドの下で誰かが倒れていた。
いや、倒れている、というより、ーーー寝ているように見える。
横向きのまま体を丸めていて、上掛けの薄い毛布を胸に抱えていた。
「どうしよう。きっとこの部屋の患者さんだ……」
私はーー、きっとこの人を見取ることになるんだ。
『この人の最期に立ち会う』
そう思ったら、心臓も手足も冷たく固まった。
本当なら逃げ出したい。……でも私が逃げ出したら、この人は独りぼっちだ。
独りぼっちで逝かせることになる。
「寝ているんですか? 大丈夫ですか?」
声をかけると、足元でまるまっていた膝がくぅーっと伸ばされた。
それから、毛布に埋もれていた顔がゆっくりとこちらを向いた。
安岡さんの話では、見取りの相手にこちらの声は聞こえないはず。なのに、この人は私の声に反応した、ような気がする。
薄い皮膚の上にたくさんの溝を彫ったような皺だらけの顔が。深い穴の中にあるような黒くて小さな瞳が、私に向けられている。
そしてしばらく宙を彷徨った後、それはふわりと柔らかく歪んだ。
「おかあさん」
皺だらけの口元がそう動いた。殆ど音にならない、かすかな声だった。
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