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「おかあさん」
目の前の老婆が、反応できない私に無邪気な顔で笑いかけた。
皺だらけの、頭蓋骨の形がわかるくらいの薄皮が、微笑みを作っている。
「おかあさん、アイリ、まっていたよ。えらい? ちゃんとまってたよ」
老婆の声が、さっきよりはっきり聞こえた。
なんて、可愛らしい声だろう。
死にゆく老婆なんかじゃなくて……、まるで小さな女の子が転がす、大きな鈴みたいに、ころころとした声だった。
彼女は体を動かそうと身じろいでいるけれど、起き上がれない。
もう、起き上がる力がないんだ。
思わず膝をついて、彼女の体をすくい上げようとしたけど、私の両手は彼女の身体を持ちあげることができなかった。
――触れられないんだ。
私ができることは、ここで彼女のことを一部始終見守るだけ。
彼女が逝ってしまうというのに、何もできない。――ナースコールさえ押すことができない!
私はなんて、無力なんだろう……。
私は彼女の頭の部分に、手の平を合わせた。
触っている感覚はないけれど、もしかしたら『頭を撫でられている』と感じてくれるかもしれない。
彼女のほほ笑みがだんだん弱くなっていったから、私は夢中で言った。
「えらいね! アイリちゃん! 待っていてくれたんだね! えらいね!」
頭の上に置いている手をゆっくりと動かす。
撫でているよ。今、あなたのこと、撫でているからね。
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