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私の膝先にいる老婆の口元から、きゅ―ーーっん、っと聞いたことがないような音が漏れ、口元からだらりと唾液が流れた。
力の抜けた半開きの瞳からも、一筋の涙が零れていた。
彼女は逝ってしまった。
私は、何かできただろうか?
垂れた唾液も涙も、拭ってあげることができない。
半開きの口元も瞳も、閉じてあげることができない。
床を濡らした彼女の唾液や涙が私の膝下に流れたというのに、その最期の証さえ、感じることができない。
母親だと思ってくれた、この小さな女の子を抱いてあげることもできなかった。
私はなんて、なんて……
「あぁぁ!!!! わぁぁぁぁ!」
叫んだって、誰も来てくれない!
「ごめんなさい!! なにもしてあげらなくて、ごめんなさいっ!!!」
何も感じない身体で彼女にしがみついて泣いた。
泣いたって、何も変わらないのに!
目が回る。伏せた体がグルグル回って、気持ち悪い。
「嫌だっ。助けてぇっ!」
たまらず叫び声をあげると
「立花さんっ! 大丈夫かっ!?」
安岡さんに両肩を掴まれていた。
安岡さんの酷くつらそうな顔がすぐ目の前にある。
「安岡さん、安岡さん、……」
無我夢中で目の前の体にしがみついた。
背中のシャツを力いっぱい握りしめた。
ここに、ここに、いる。
この人は、生きてる。生きてるんだ。
私は何度も何度も確かめるように、ぎゅうぎゅうと背中に回した腕に力を入れた。
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