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バレンタイン当日。
我が四つ葉第一高校付近の通学路でも校門前でも、中身はチョコレートかなにかであろう綺麗にラッピングされた物を渡したり、渡されたりする光景が繰り広げれている。
「お前何個もらった?」
下駄箱にも教室の自分の机の中にも、今どき古典とも言えるような手法でチョコレートは忍んでいる。
男子校であるにもかかわらずだ。
そして単純にも学生たちは相手が誰だとかは全く気にせず、プレゼントの個数を競っている。
「今のところ5個」
「俺3個。負けた-」
「お前は?」
「俺? 俺は…別に…」
前の席に座るクラスメートたちに話を振られて、俺は小さく答えて下を向きつつ、リュックから教科書やペンケースを出して机にしまう。
「なーんだよ。1個くらい貰っただろ?」
笑いながら目の前に座るクラスメートは、俺のリュックの中に強引に手を突っ込んだ。
「ちょっ、まっ! 勝手に見んなよ!」
「なんだ! あるじゃん。ちっちゃいけど1つ」
ごそごそとリュックをかき回し、手のひらに収まるくらいの小箱を取り出した。
華美なラッピングはされていないが、丁寧に包まれているそれを「触んなよ!」と言ってひったくり、俺は壊れてしまわないようにそっとリュックに戻した。
「わりぃ…」
「大事なヤツだった?」
「もしかして本命からの…だったりする?」
大きな声を出した俺にクラスメートたちはビックリして謝るが、すぐにニヤニヤしてそう言った。
「別に…。どうだっていいだろ」
「あはははっ、照れんなよ」
「はーい、静かに」
カラカラと引き戸を開けて入ってきた担任は、簡単に出欠をとるとさっさと教室をあとにした。
バレンタインなんて嫌いだった。
ずっとそう思っていた。
好きな人に告白できる日。
そんなのなくたって、告白したい時にすればいいし、俺には関係ないし。
なのに周りは騒いでうるさいし。
そう思っていた、あの人に会うまで。
1限目のチャイムが鳴り、グレーのスーツに細身の銀縁メガネをした長身の男性教師が教室に入ってくる。
手に持っていた出席簿、現代国語と書かれている教科書とノートを教卓の上に置きぐるりと教室内を見回した。
滝川幸成。
この人が俺の好きな人。
絶対報われる事のない。
触れることも叶わない相手。
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