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「はい」と返事はしたものの、俺の足は自分の意思とは関係なく一向に動かない。
「どうした? なにか質問?」
座り直していた滝川は、回転する椅子を利用してくるりと振り返った。
「あっ、いえ、質問とかではなくて…。あの…、あの……」
要領をえない俺に焦れたように滝川が椅子から立ち上がる。
そんな時、俺は視線の端に机の上に無造作に小箱が何個も置かれているのを見てしまった。
「チョコ…。俺、帰ります…」
「小野、待ちなさい」
柔らかい声で引き留められ、手首を捕まれる。
「リュックの中にあるものを俺にくれるまで帰さない」
心を読まれているかのようなその一言に俺はビックリして振り返ると、今度は体ごと滝川にぎゅっと抱き締められた。
「なに…言ってるんですか?」
そう言って滝川の腕から逃れそうとするが、力が強くびくともしない。
全身の血が沸騰する。
顔が熱くて、俺は滝川の顔を見ることも出来ない。
「ほらっ!」
強めの口調で急かされるように言われて、俺の肩がビクッと揺れる。
そして緩慢な動きでリュックの中から小さな小箱を取り出す。
それは今朝クラスメートに見つけられてからかわれた物だった。
滝川は当然のように受け取り、すぐ封を開ける。
中には艶やかな焦げ茶色のトリュフが一粒入っていた。
「美味い。ほら」
口にほおりこんだトリュフをゆっくり楽しんでいたのかと思いきや、滝川は俺の顎を捕らえそっと唇を重ねた。
俺の抵抗に構わず滝川は舌先を乱暴にねじ込み、トリュフの味を伝えるように俺の舌に絡める。
トリュフの甘く苦い味が口の中に広がった。
その日は俺にとって一生忘れられないバレンタインになった。
そしてこれからの滝川との狂おしい日々の始まりを告げる日となった。
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