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まるで太陽の恵みのように注がれ続ける愛の言葉。それは途絶えることなく毎日毎日、朝となく夜となく時間も場所も問わず、今まで欲しても得られなかった言葉を与え続けられた俺はナダールの瞳が見られなくなった。
彼のその瞳に見つめられると俺は何も隠す事ができない、押さえこんできた感情の何もかもを暴かれていく感覚、俺はそれが怖かった。
手に入るのかもしれないという希望、今まで諦めてきた俺の帰る場所。けれど、それを掴み取る事が俺は怖くて仕方がないのだ。
掴んだ途端に掌から零れ落ちるのではないかという恐怖、だったら最初から掴まずにいた方が傷は浅く済むのではないかという後ろ向きな気持ちをナダールは力づくで覆していく。
「あなたはもっとわがままに、あなたの好きなようにしていたらいいのですよ」
ただただ甘く俺を捉えて離さない彼が怖くて、けれどもう、その手を離せる気もしやしない。
「愛している」と囁かれ、簡単に「自分も」と返せない臆病な俺はただ黙って瞳を伏せる。そんな俺を彼は穏やかな笑みで見守ってくれているが、こんな俺の一体何処を彼は愛しているというのだろう?
何も返せない、何も与えてあげられない、ナダールにとって俺は重荷以外の何物でもないはずなのに、彼はいつでも笑っている。
「そういえば、あなたは今まで私以外で誰かを好きになった事がありますか?」
「なにを藪から棒に……というか、自分はもう好かれてるってその自信、まったく羨ましい事だな」
「そこはもう、あなたが現在私の腕の中にいるという事実だけで充分その確証は得ていますので」
「俺がお前を利用しているだけ、とか考えないのか?」
俺の返答に「あなた、そこまで器用な人じゃないでしょう?」とナダールは笑みを浮かべる。
「もしあなたの初恋が私だったら嬉しいな、と、ふとそんな事を思ったので聞いてみました」
「初……恋」
書物の中でその単語は見かけた事がある、けれどそれを自分と照らし合わせてみて、思い浮かぶ顔は……
「アジェ、かな」
「え……」
「だから、アジェ。俺の初恋」
「予想外です……ですが、あなたは確かにアジェ君を好いていた。あぁ! 僅差で負けた! もう少し早くあなたと出会っていれば!!」
俺を抱き込んで心底悔しそうにそんな事を言うナダールに思わず笑ってしまう。
「こういうのに勝ち負けなんてないだろう? そもそもアジェがいなかったら俺達出会いもしなかっただろうしなぁ」
「確かに! でも、それでもやはり悔しいです」
アジェと出会ったのはナダールと出会う一ヵ月前、恋とか愛とかそういうものとは少し違う気がしなくもないが、アジェとならこれからも二人で生きていけるとそう思ったのは事実だ。
Ω同士だという安心感、そしてその痛みを知る同士でもある。お互い王家に振り回されているという点でもアジェと俺とはよく似ていて、同類相憐れむ関係でしかなかったのかもしれないが、それでも俺はアジェにだけは心を開く事が出来たのだ。
いやむしろ、アジェがいたからこそナダールとの関係をゆっくりとだが受け入れられた可能性もあって、アジェはある意味俺とナダールの縁を結んでくれた大事な人だ。
「過ぎた時間は取り戻せません、初恋はアジェ君に譲りましたが、これからの人生をあなたと共に歩むのは私です」
アジェの心の中にはずっとエディがいた。決して俺の事を一番にする事はない、そんなアジェだったから安心していた部分もあったのだ。俺は愛される事が怖かった。その愛という名の執着も束縛も今までは恐怖の対象でしかなかったから。
けれどナダールと出会ってからそれは愛ではないと気付かされた。
「お前は本当にいい男だよ」
「ふふ、嬉しいお言葉ありがとうございます。ですが、どうせならあともう一言あってもいいのですよ?」
「ん?」
「私は言葉を惜しむつもりはないといつも言っていますが、それは同時に私に言って欲しい言葉でもあるからです。言葉は減るモノではありませんよね?」
にこりと笑うナダールに彼の欲する言葉を察する。俺に降り注がれる愛の言葉、確かに減るモノではないけれど……
「俺の精神はすり減るから無理」
「えぇぇ……」
俺は彼に抱きついてぽふんとその胸に頭を預ける。
「今はこれで満足しとけよ」
「今はという事は、今後があると思ってもいいのですよね?」
ああ言えばこう言う、俺の退路はどんどん塞がれ、いずれ俺にも彼に愛を囁ける日が来るのだろうか?
「期待はするな」そう言ってはみたけれど、きっと近い将来俺はその言葉を口にする日がくるのだろうなと、俺は彼の腕の中でぼんやり彼の愛を噛みしめている。

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