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 小学生の男の子が真っ青な顔をして、こちらを見ている。普段は不遜なくらいに自信満々で、クラスの女の子たちから「カッコいい」と言われる顔をいまにも泣きそうなくらいに歪めて、その場に立ち尽くしている。  ああ、これは確か小学五年生のときの記憶だ、と小鳥遊晶(たかなしあきら)は夢の中で思う。  ワンワンワンッ、と犬が狂ったように激しく吠えている。  蒼白な顔で晶を見ているのは、苦手な同級生だ。名前は・・・・・・、名前はなんていっただろう。確か友人たちからは「ムラ」と呼ばれていた少年だ。運動神経がよくて、勉強もでき、利発で、周囲の大人たちからの覚えもいい、人気者。すべてにおいて周りのクラスメイトたちとは比較にならないほど抜きん出た存在の彼は、何が面白いのか事あるごとに晶にちょっかいをかけ、嫌なことばかり言うから、正直あまり好きな相手じゃなかった。  ーーキライならキライで、放っておいてくれればいいのに。  そのたびに、言葉でも決して少年に勝てる自信がない晶は、真っ赤な顔をしてじっとうつむくのだった。  けれど、いつもは自信満々の顔を歪め、真っ青なその顔を見ていると、「大丈夫だよ」と言ってあげたくなる。そんなに心配しなくても大丈夫だからと。  でも、犬に噛まれたこの手が痛くて、いまにも意識が飛んでしまいそうで、少年と同じくまだ小さな子どもの晶は、苦痛の声を上げることしかできない。  鉄錆のような臭いがした。血だ、と思った瞬間、晶の意識はフェードアウトした。  ワンワンワン・・・・・・ッ。ワンワンワン・・・・・・ッ。ーー・・・・・・ッツ。・・・・・・ッ。
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