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落ち合ったのは、中々こじゃれた装飾が小粋な「ウィッカーマンの店」で、そこでフィレステーキにワイン、アボガドのサラダにシュリンプの盛りあわせにレモンパイなどを二人で平らげた後、帰りの車の中で自然と結ばれた時には、この女も俺にご同類の匂いを嗅ぎとっていたんだな、というのを確認した気分だった。
それから杏子の店には、一度も行っていないし、客になったこともない。
それからは毎日外で、仕事終わりに会うようになった。
女の顔には、前の旦那の暴力に遇った時につけられた刀傷があり、そいつが女の右頬を鋭利に走り抜けていた。
金に汚く、派手好きで贅沢も好きで、口汚い言葉を吐き捨てるような気の強い女だったが、どこか心の底からの寂しさと痛みにうち震えているような女だった。
その奥底が、ジクジクと腐食して、痛みでどうにも出来ないでいるような寂しさの陥没を、この女といると俺は見せつけられているような気分になった。
だがそれは、まるで俺の胸の中にある陥没を見ているようだった。
ある日別れる時、不意に近寄ってきて、何も言わずに杏子が抱きついてきた時、この女は明らかに俺の身体で呼吸しているみたいだった。
安心しきった表情で目を閉じ、何かをつぶやいていたが、俺の方は反対に、まるでこの女の身体で呼吸しているような気分だった。
人間の屍を蝕み、それを金に換えているようなクソッタレな仕事をして生き延びている俺と、顔に切りつけられた傷痕を抱えた、心の奥底を寂しさにうち震わせている疲れきった娼婦の抱擁なんてあまりにも似合いすぎた。
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