第1章 与える私

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「ね、このグラスに黒ビールを入れたら、どんな色に…」 自分の思い付きに興奮しながら、視線をグラスから彼の方へと移した。その瞬間、私のことを見つめる彼と、目が合った。 「何?やだ、私を見てたの?」 無防備な表情を見せていたことが恥ずかしくなり、顔を背ける。 「グラスに顔を近付けると、ね、近付いてみて。美波の横顔に夕焼け色が、こう…そうそう。ほんのり映って、肌がオレンジ色になる。すごく、熱を感じる色っぽさで、なんだか俺も熱くなってくる。瞳も…」 すっと側に来た彼が、私の頬をその大きな両手でそっと包み、下から覗き込んでくる。私は、目を晒すわけにはいかなくなる。 「同じ色に濡れて光る。きれい。見惚れる。あの露天風呂に一緒に入ったときも、夕焼けを見つめる美波を、俺はずっと見ていたんだ。今と同じく、夕焼け色で輝く表情が愛おしくて、最初から最後まで目が離せなかったこと、思い出すよ。」 彼にとっても、あの時間が特別なものとして、記憶されていることを感じ、そしてその思いを共有できていることが、ただひたすら嬉しかった。 「美波…」 低い位置から私を見ていた彼が、座り直す。私と彼の目線の高さが、同じ位置になった。そして彼の顔が近付いてくる。 いつものタイミングで、お互いに目を閉じる。唇が重なる。今日も、彼が飲んできたコーヒーの、香り。 心も身体も、波が引いていくかのように、さーっと、静まる。余計な感情は、すべて波に持ち去られていく。引いた後は、次に打ち寄せる波になり戻ってくる気配をみせている。身体は心臓の鼓動を早め、そして女として生まれていることに気がつかされる変化を与え、準備を始め出す。 頬を包んでいた彼の手がゆっくりと離れていき、私の腰をそっと抱き寄せた。 「いつも、美波のことばかり考えているよ。」 彼が、私の首元にキスを繰り返しながら、囁く。 「毎日こうして一緒にいるのに。」 くすぐったさを堪えながら、私が返す。 「全然足りない。 ずっと、こうしたかった。」 再び、唇が重なり、何度も何度も繰り返される。少しずつ、それでいて複雑に、お互いが混ざり合う。コーヒーの味わいがそこに溶け込む。 ーピリリリリー 玄関から、小さく電子音が聞こえた。
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