第1章 与える私

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とはいえ、私達は適度な恋愛感情を味わいながら、都合の良い今の関係を、相変わらず楽しんでいた。 ある日、近隣の医療機関の関係者や勤務者が集まる、地域医療についての勉強会が開催された。私が勤める薬局からも数名が参加し、その場には彼も出席していた。遠くに見える真剣な横顔を時々眺めながら、私は時間が過ぎるのを待っていた。教室で好きな人を目で追っていた、学生時代の恋愛を、何となく思い出した。 勉強会が終わり、帰り支度をしていたところで、薬局の向かいにあるクリニックの院長に声をかけられた。 「お疲れ様。」 「お疲れ様です。院長先生もいらしてたんですね。」 「今日の内容は、前から聞いておきたいと思っていたからね。」 「さすが先生。熱心でいらっしゃる。」 「どう、この後。」 「わぁ、お誘い頂き光栄です!地域医療について、薬局メンバー共々、先生のお考えを伺いたいです!ね!」 私は職場の同僚を巻き込む。 「ああ、うーん、じゃあ、この後いつもの中華料理店で。」 「忘年会でもお世話になったところですね、用意が終わり次第向かいます。」 薬局とクリニックは、同じ医療チームとして対等な立場のはずではあるが、実際の現場は少し偏りを感じることが多い。院長の顔を立てつつ、そして後々問題の無いように、私は事を運んだつもりだった。 院長は、馴染みの店で、気持ち良く酔っていた。薬局から参加したメンバーの他に、クリニックからも数名のスタッフが合流した。仕事の付き合いという側面はあるものの、それぞれに料理や会話を楽しんでいた。 「おお来た来た。」 院長が部屋の入口に向かって、片手をあげる。そこに立っていたのは、院長が呼んだ、付き合いのあるMR数名だった。まさか、と思った瞬間、彼と目が合った。誰が見てもおかしく無い程度の、業務的な会釈を交わす。 会えて嬉しいという気持ちより、何となく、居心地が悪くなってしまった。 そんな私の気持ちなど配慮される訳もないし、万が一されたとしたら大問題になる訳で、平静を装いながら、二次会のカラオケにまで付き合う流れになった。 「大人8名、時間は…」 カラオケ店での受付を済ませようとしたところ、後ろから院長の声が届いた。 「受付、1人追加して。」 「いやいや院長、勘弁してくださいよ…」 酔い気味の院長が、彼の手から携帯電話を取り、通話を始めた。 「あ、奥さん?今から来れる?」
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