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――さみしい……か。
二年前にハルキがはじめてこの店をたずねてきたとき、出迎えたのはサキコだった。メイド服を身に纏ったサキコの佇まい、屈託のない笑顔、そしてややハイトーンな明るい声。すべてが自分の傷を癒してくれるように春樹は感じた。それからというもの、サキコの出勤日には必ずといっていいほど足を運んだ。なお、この店では有料でメイドとのチェキ(インスタント写真のこと)撮影ができるのだが、春樹が撮ったサキコとのチェキは三百枚以上にものぼっている。
そんなサキコが卒業してしまう。春樹はいてもたってもいられなくなった。卒業の日には開店11時から閉店23時まで店にサキコと居続け、サキコのためにシャンパンとドンペリ(メイドインにっぽんばしでは酒類も扱っている)を1本ずつ空けた。プレゼントも用意した。チェキもたくさん撮影した。会計はその日1日でなんと72,015円(消費税込みで77,777円)という、この店史上ぶっちぎりの過去最高額をたたき出した。
――さみしい……やっぱりしっくり来ないな。
たまねぎをすばやくみじん切りにするモモコの姿を見ながら、春樹はそう感じていた。最後の別れのとき、春樹はただ、「それじゃあ」とだけ言って別れたのを今でも覚えている。春樹は間違いなくサキコに「メイドとご主人様」以上の感情を持っていた。ただ、それは春樹にとっては伝えてはいけない好意だった。それはこのメイドカフェという二次元と三次元の狭間のような独特の空間が持つ暗黙のルールがあるからだけではなかったような気がする。しかし、春樹自身ほかの理由はわからなかった。ただただ、「ならぬことはならぬものです」と言わんばかりの不文律が春樹の脳内に深く刻まれていた。
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