2、球界の大将

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2、球界の大将

「27番さん。面会です」 留置場の鉄格子が開かれ、警官が進藤を連れ出す。警官は腰縄を手際よく結び、手錠をかけると、面会室へと進藤を連れて行った。留置場に入れられて三週間になるが、手錠や腰縄にはやはり未だ抵抗が抜けきらない。もっとも最初の数日は覚せい剤の離脱症状でそれどころではなかったのだが。 ――それにしても、誰だ? 進藤はプロを引退して間もなく妻と離婚している。また、母親、父親ともに死別しており、身寄りはいない。人脈がなかった訳ではないが、ここ数年間でほとんどの人脈を自ら断ち切ってきた。強いて人脈と言うなら、薬物の売人のルートぐらいである。  面会室の扉が開いた。無機質なアクリル板の向こうには、屈託のない笑顔の若者が座っていた。 「進藤さん。お会いできて本当にうれしいです。私大ファンだったんですよ」 「お宅は……どなたですか?」 「あ、すみません申し遅れました。私は谷秀人といいます。関西にある薬物依存症の回復支援施設で職員をしております。仲間からはヒデトと呼ばれています」 「薬物依存症の回復支援施設?」 「はい。病気からの脱却のサポートですね」 「病気、か」 「全員とは言いませんが、薬物関連の罪で逮捕される方の多くは薬物依存症という『病気』にかかっているのだと言われています。症状としては、やめたいと思ったことがあるのにやめられない、使用量や使用回数のコントロールが利かなくなる、薬物が原因で自殺を考えたり、実際に自殺を図ったりする、などです」 「回復、か。治療とは違うのか?」 「そうですね。私たちは医療機関とはちょっと違いますから。まあ、薬物やアルコール、ギャンブルをやめて、失ったもの、例えば健康的な生活だったり、ご家族との関係だったり、お仕事だったり、そういったものを取り戻すためのお手伝いをしている感じですね」
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