星追い

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 ──描きたかった、な。  めったに雪の降らないここらでは、一面のホワイトノートなんてそうそう見られるものじゃない。  昨夜、異例の寒波で珍しいほど降り積もった雪。しかしそれも復活を果たした晴天のおかげで、一日と待たずして全て溶け去ってしまった。 『冬なんて嫌いだ。こんなに寒いと』  耳の奥でいつかの声がふと、再生される。  雪解けの水がぽたぽたと(ひさし)から落ちてくるように、意識にのぼらない膨大な記憶を屋根に、ひと粒、またひと粒と形を変えて音になる。今はもう、聞けるはずもない声が。 『筆が持てない』  まだまだこれからなのにと、地平で燻る太陽が悠々と居残る雲を染め上げていく。鈍色(にびいろ)を地に鮮血のような朱が恐ろしいほどのコントラスト。  バーミリオン。スカーレット。カーマイン。そこに、それらの色を貫いて一点。鮮やかなカドミウムイエロー。 『本当の一番星はあれだよ』  君の声だ。日常に埋もれた記憶を貫いて、空に響いた。
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