灰色の夢

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「あの人が御風呂から上がる前に聞いちゃおうかなぁ。まぁ長くなるかもだし明日教えてね」  そう言うと奥さんは隣の部屋に以前使わせて貰っていた寝室の扉を開ける。そこは何も変わってはいなかった。布団と小さな机があり沢山のノートと画材道具で溢れていた。そこには幾つもの描き終えたものと描きかけの絵本が並んでいる。 「貴方が出て行ったままにしているから、お布団とお掃除はちゃんとしてるから安心して寝て頂戴ね」  そう言い、中に入ると何度も嗅いだ部屋の臭いが鼻をついた。紙と絵具とカビの混じった様な臭い。自分が目指しているもの自分の目指すべきものと原点がそこに全てあった。 「ありがとうございます。今日はまたお邪魔させて頂きますね。おやすみなさい」 「おやすみなさい。ゆっくり休んで、あの人には私から言っておきますね」  そう言い部屋の扉は閉められた。暗くなった部屋の中で目を瞑った、いつも絵本が自分の枕元に何十冊もあったが、今は整理され半分以下になって持って行けなかった分のみが此処に有った。  絵本作家なんて者になろうと思ったのは何時からか。本当の両親が居なくなってから夢中になれたものはコレだけだった。以前はよく此処の教師夫婦に見せては喜んで貰えた事や楽しかった事を今でも大切に思っている。  だからこそ帰って来たくはなかった。決意が鈍りまた現実と向き合う力を失う。一人で生きて行かなくてはいけない。高い自立心と実際に生活を行って味わった挫折。優しさが自分を甘やかすものだと今も感じている。  考え事は尽きなかったが、気が付けば意識はあの月に吸い込まれた時の様に、深く沈み込んでいった。
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