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蒼い月明かりが大地に差し込んで薄い闇が広がる。林の枝葉が風に揺れて僅かに音を奏でていた。
狭い林道の先には木材でできた小屋があり、魔術師の女とその息子が住んでいた。
魔術師の女の息子は魔力を持たないふつうの人間であった。夫も魔術師の出身だった。なぜ息子に魔力が遺伝されなかったのか悩んだが原因は不明であった。息子はすくすく育って八歳になった。順風満帆な幸せな生活を送っていた。
夫は仕事に出掛けて魔術師狩りの人間に殺された。魔術師の女にとって夫の死は残酷だった。人間への怨みが募りにつのって息子を遠ざけるようになった。
あるとき息子が林に出掛けて戻らないことがあった。魔術師の女は息子を探しに小屋を飛び出していた。息子の姿が見えなくなって初めて大切さに気がついたのである。
魔術師の息子は林の外に出て、傾斜で足を滑らせて転がり落ちていた。
魔術師の女は血の気が引く思いで傾斜をかけ降り、息子を抱き起こした。
息子は息はしていたが意識はなかった。
魔術師の女は息子を抱えて傾斜を登る。
林道に人影が見えて魔術師の女は咄嗟に身を屈めた。
人影はなにかを探している様子であった。
人影が魔術師狩りだと気が付くまでに数秒掛からなかった。闇の中で人影は何時でも弓を抜けるようにしていた。
とうとうここまで魔術師狩りが進行してきたのだ魔術師の女は奥歯を噛み締めた。意識がない息子を強く抱き締める。
人間に捕まれ殺されてしまう。
古来より魔術師と人間は相容れない。
魔術師の女は息子だけでも助けたいと願った。
息子の額に口付けると自分の魔力を注ぎ込んだ。
息子を魔術師にして生かすことしか魔術師の女には選択肢がなかった。息子に魔力も捧げないまま死んでは残された息子が生きてはいけない。どんな形でも生きてくれればと魔術師の女は強く願う。息子の体を地面において、魔術師の女は僅かに魔力で残った明かりを作り、魔術師狩りの前に躍り出た。
弓が飛んだ。
暗闇の中で恍惚と光る焔を切り裂いて、魔術師の女の心臓を貫く。
魔術師の女はその場に倒れて死んだ。残された息子は保護された。魔力を持たない子供であることは事前に知られていたのだ。魔術師の息子はなにも知らぬまま人間が管理している城に引き取られることになる。
蒼い月夜の話であった。
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