1章 銀の鍵

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蒼い月夜の晩にアストは決まって同じ夢に(うな)される。 与えられた一室の寝台の上で汗だくになって目覚めては、空に浮かんだ三日月から落ちてくる蒼い光に身震いした。 アストは寝台から落ちるとカーテンを開く。 三日月は今日も空に張り付いていた。細い三日月に母親の面影を見ては、夢の中での出来事を忘れようと首を振る。 アストは八歳のときにクリスタル城へ引き取られた。魔術師の家系に生まれながら魔力を持たない人間として城の駒使いとして保護されたのだ。最初は馴染めなかった生活も十年も経てば慣れてくる。クリスタル城の中庭の整備と玄関の掃除という仕事も生活の一部として身体に染み付いていた。 アストは夢を繰り返して見ている。それによれば魔力を母親から受け取ったことになっている。しかし魔力の発動のさせ方を知らない状況にあった。その上、魔術師の扱いがずさんな世界で魔力を持っていることが知れれば大変なことになることも理解していた。それは城に引き取られたときに散々言われた事だった。だから普通に振る舞わなければアストはクリスタル城を出なければならなくなる。それは避けるべきであった。魔術師が生きるには魔術を使わないことが絶対条件の世界だ。 三日月の蒼い光を浴びてアストは眼を閉じる。 真夜中のクリスタル城はとても静かで暗いのだ。 アストはクリスタル城の静けさが好きだった。 時計の針は深夜を少し過ぎている。朝までは大分時間があった。 奇妙な夢で目覚めては、二度寝することもできずに寝台に腰かけた。 八歳のときに与えられた部屋には必要最低限の寝具と机と衣装箱(ショーケース)しか置いていない。 暇潰しの本はもう何度も読み返していた。 アストは寝台に寝転んだ。昔は高かった天井が今では低い。部屋が狭くなったように感じる。部屋に入ったときとは明らかに心情が変わっている気がした。
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