本編

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* * * 家に帰ると、玄関に女物の靴がおいてある。今日は兄の婚約者の沙良さんが来る日だった。 兄と沙良さんは幼馴染で高校の時から付き合っている。それで、このたびようやく結婚すると母が言っていた。二人は本当に仲睦まじいという言葉がぴったりのカップルで、お互いを思いやっているというのが見ていてよくわかる。正直、二人を見ていると羨ましくて、羨ましくて見ているだけと決めた心が、ジクジクと痛むのが分かる。 別に戯さんとどうこうなりたいと本気で思っている訳じゃないけれど、それでも幸せな様子を見ていると無いものねだりをしてしまいそうになる。 「ただいま」と声をかけながら、リビングダイニングに入る。いつもなら、母と沙良さんが楽しそうに夕食の支度をしている筈だ。それなのに今日は、皆ダイニングのテーブルに向かい合って座っており、一同表情が暗い。いつもはまだ、帰ってきていない父親までそろっており部屋中が陰鬱な空気に包まれている。 「ああ、由高も帰ってきたのか。」 父がこちらを見て声をかける。 「大切な、話があるから、由高もここに座りなさい。」 思いつめた様な表情で父が言う。ちらりと家族の顔を見渡すと、沙良さんは泣いたように目元が赤かった。
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