第4話「かわりもの」

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第4話「かわりもの」

書類の提出は窓口が閉まる前には滞りなく終了し、一週間程で私の魔術師としての登録申請は許可された。 これで私も晴れて正式な塔メンバーへの仲間入り。勿論、階級はないけれど……でも“預かり”(非常勤とか契約魔術師の様なもの)ではなく、きちんとした正規雇用の魔術師になれたというのは紛れもない事実な訳で。 発行されたばかりの登録証と一緒に同封された階級襟章(バッチ)を見ながらニヤニヤしていると 「気色悪ぃ」 幸せな気分に水を刺すように、小馬鹿にしたような声がした。 ルーちゃんだ。 「もう、ルーちゃんったら、そんな風に言わなくたって……少しくらい喜んでも良いじゃないですか」 恨みがましく視線を上へと動かすと血の様に赤い、不機嫌な双眸と目が合う。彼は持つ襟章をチラリと見ると、意味が分からないとばかりに眉根を寄せた。 「正魔術師ねぇ。何の得があるんだか」 「“汝、万衆(ばんしゅう)( いしづえ)たれ”。損得の問題じゃないんです。正魔術師になれば塔の構成員として人々の生活に役立つ魔術の開発や、紛争の仲裁なんかも国と連携して行える様になるんですよ?平和の為に尽くす。素晴らしい事じゃないですか」 それに対して襟章に記された名句を示しながら、私も同じく眉を寄せる。 「くだらねえ。魔術なんざ元々自分が楽する為に生まれたもんだろうが」 「それに関しては諸説あり、です。私としては古代の神官が神の言葉を元に万人を救う為のツールとして開発された奇跡を起源とする。という説を推したい所なんですが」 「はっ、馬鹿馬鹿しい。奇跡だ御業(みわざ)だなんだとほざいた所で、所詮はただの魔術じゃねえか。どれも力の供給者が違うだけで、やる事に大差はねえよ」 「大ありです!奇跡は“今は遠き神々”のお力をお借りして顕現する神聖なもの。だからこそ神代語を用いる高位の敬虔な聖職者のみに発現できるんです!」 「神代語さえ使えりゃ、誰にでも出来る」 そう嘯くルーちゃんに、私は少し考えてから反論を口にした。 「それは無理だと思います」 「あ?」 「いえ、実は以前、神代語さえ習得すれば魔術師でも奇跡が行えるのかなー、と思いたった事がありまして」 「……お前、何した?」 まるで友人に悪事を打ち明けられた人よろしく、酷く落ち着かない様子で尋ねるルーちゃんに対し、私は知人に天気の話をするかの如く気軽に答えた。 「建国祭の時に大司教様が奇跡で空に虹を掛けるじゃないですか」 「ああ」 「たまたま去年が100年に1度行われる“大奇跡”の年に当たったんですが」 「で?」 「当然、貴重な大祭の年だって事で、奇跡もグレードアップしてまして!恒例の“虹の奇跡”に加え、“オーロラ”や“夏の雪”と言った奇跡のオンパレードだったんですよ。なので上手い具合に文法や単語のサンプルが集まっちゃったんですね」 「………なあ、俺の気の所為か?嫌な予感しかしねえんだが……」 顰め面をするルーちゃんを他所に、私は去年の夏の建国祭を思い出し意気揚々と語る。 「で。サンプルも集まった事だし、折角なら試してみよう、と思いまして!大司教様の神代語の文言をそのまま意層定着(いそうていちゃく)させて、家に持ち帰って試してみたんです!」 「ちょっと待ててめぇ!それ違法だろ!?」 突然大声で怒鳴られ、私は目を瞬かせる。 「やだな、違法なんかじゃありませんよ?第一、大司教様のお言葉は拡声魔術で首都中に響きますから覚える分には自由なはずです。私の場合、聞いて覚えたのを帰るまでに忘れない様にって思って……自分で直接聞いて覚えた内容を意層、つまり意識層下に固定しただけであって音声そのものをコピーして持ち帰った訳じゃありませんから」 「……」 ルーちゃんが頭を抱えている。 どうしたんでしょう? 疑問には思ったものの、先程争った内容の説明への裏付けをすべく私は話し続ける。 「今迄は虹に限られた奇跡なのでどれが主語だか述語だか……そもそも名詞なのか形容詞なのかも判別つきませんでしたが、複数のサンプルがあれば話しは別です!比較対照が可能になりますから。それに、そもそも神代語は上位古代語の元になった言語ですし。そこを踏まえて考えれば、自ずと翻訳出来るかなーと思って、ちょっと頑張ってみたんです」 魔術を操るにはただ言葉を並べて魔力を込めればいい、と言うものでもない。 言葉の持つ意味を正確に理解し、それを理論として自己の中に内包し、構築するだけの知識も必要になってくる。裏を返せば、理解できる頭と魔力さえあれば誰にでも使えると言う事だ。 では、奇跡はどうなのか。 神代語というツールは神官しか持たないが、それを理解出来れば魔術師でも使えるのではないか。 私が考えたのはそこである。 そこで思い切って全ての奇跡の聖句を丸暗記し、持ち帰って上位古代語と照らし合わせながら分解し言語形態として理解してみたのだ。 「どの単語がどういう意味で、何を指すのかは理解出来たんですが、いざ唱えて見ても特に何にも起きなかったんですよね」 だからやっぱり、奇跡には信仰の力が不可欠な要素なのだと改めて理解した。 魔術師が源素を利用し古代語で魔術を固定する様に、神官は信仰を用い、それを神代語という音声言語を依代に固定して奇跡を行使しているのだと。 「源素と違って、信仰という大小が測りにくい漠然としたものが媒介なのが気になりますが……そこはそれ。うん、神様がOKならOKなんですよね、きっと」 ぽん、と手を打ち、うんうんと頷く。一方でルーちゃんはこめかみを押さえたまま絶句していた。 「あれ、どうしました?頭痛ですか?」 心配して覗き込むと、ルーちゃんは長い溜息をつきながら大丈夫だ、と言うように軽く手を振り 「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが……まさか、真性の大馬鹿だったのは……」 「む。大馬鹿ってどういう事ですか!?」 「まんまの意味だ、この馬鹿。世が世なら神聖冒涜で死罪だボケ。それでなくとも、バレたら神殿に訴えられんだろうが!」 「………え、そうなんですか?」 ルーちゃんに指摘されてきょとんとする。そんなこと考えもしなかった。 神代語は音声言語で、文献と言っても一部の石板を除き現存している文字が余りに少ない事から、神殿と合同で研究してる専門の言語魔術師もいるし。 てっきり、お持ち帰り自由なのかと。 「お前、結構常識ねえな」 「む。非常識の塊みたいなルーちゃんに言われたくないです!」 「あ?齧るぞ」 「嘘ですごめんなさい。お願いだから牙鳴らさないで。怖いです」 ガチンと虎バサミが閉じる様な音で歯を鳴らしたルーちゃんに自分の言葉を訂正する。 間違ってはないとは思うけど。でも齧られたくはないので。 そうそう。 最近分かった事なのだが、ルーちゃんの歯は並の金属より遥かに硬くて頑丈だ。 毎回毎回、噛むとか齧るとか言って脅されるのでちょっとそのご自慢の歯の硬度を確かめてみようかと。 で。つい先日、ある実験をしてみた事でーーそれの持つ驚くべき強度が判明した。 因みに、その実験に付随してあるとんでもない事実も判明したのだがーーとりあえず、実験の概要から順を負って説明する事にします。 まず、ルーちゃんの歯の強度実験について。 初めに丈夫な金属の箱に手頃なアクセサリーを入れ蓋をしたものを用意します。で、それにしっかりと鍵をかけ、更に鉄の南京錠を掛ける。 次にルーちゃんに話し掛ける。 この時、日向ぼっこをしてリラックスしている時を狙うのがポイント。ポカポカしている日の、特に午後に話しかけるのが良い。 午前中の日向ぼっこを邪魔すると機嫌が悪くなるので避ける。同時にお腹が空いている時も頗る機嫌が悪くなるので、ご飯(魔力)をあげるまでは絶対に怒らせない。 全ての準備か整ったら、いざ実験開始。 「ルーちゃん、ちょっとお願いがあるんですけど……」 「……あ?」 日向ぼっこをしているルーちゃんがこちらを見れば、一応話は聞いてやると言う意思表示。 ここからは交渉です。 「実は、お祖母様から頂いたネックレスが見当たらなくて……」 「知るかよ」 「……ですよね、邪魔してごめんなさい」 ずばり即答。でもここで負けられない。 しょんぼりして俯く素振りを見せると、暫く沈黙し日向ぼっこを続行していたルーちゃんがモソモソと身を起こしながら面倒臭そうに口を開いた。 「で?」 「……え?」 「その様子じゃ、どこにあんのか大体の目星ついてんだろ。なのに俺に“お願い”ってぇのは……力仕事か?」 「え、あ、ええと、その……」 言い淀むとチッと短く舌打ちされる。 「はっきりしねえ奴だな。噛むぞ」 「噛まれるのは嫌です!」 「ならはっきり言え。どうして欲しい」 よし、食いついた!(精神遮蔽中) 何だかんだ文句は言うけれど、機嫌のいい時は意外と面倒見がいい。 見た目は凶悪で、とにかく怖いけど。 鋭い目でギロっと睨まれた日には足が震えて動けなくなる。けど今はそこまで視線がきつくない。怒ってない証拠だ。 「実は……」 そう言っておずおずと金属製の箱を差し出す。 「なんだこりゃ」 「箱です」 「んなもん見りゃ分かる。俺が聞いてんのは何でこんなとこに入ってんだって事だ。宝飾品入れる様な箱じゃねえだろ。どう見ても何か別の用途に使うもんだと思うんだが」 う、鋭い!? 確かに宝飾品ーーそれも、お祖母様から頂いた様な大事な品を入れるには見た目が武骨すぎる……強度を重視して、見た目にまで気を配っていなかった。 でも……ルーちゃん貴方、そこ突っ込みますか? 私は苦し紛れに言い募る。 「それは……その、じ、実は私、大事なものをこの箱に入れて保管する習性がありまして!」 「はぁん?」 「た、多分、この中に入ってるとは思うんですが……!」 「鍵は?」 「な、無くしちゃったみたいで!ほ、ほら、私、うっかりなんで!」 「……はぁー……ったく、しゃーねぇな」 そう呟くとルーちゃんは長い溜息をつきながらも面倒くさそうに手を差し出し 「寄越せ。……あー、壊すぞ?」 「あ、はい、箱は大丈夫です!中身さえ無事なら」 「チッ、面倒くせえな……」 箱を差し出すと彼は気怠げに顔を顰めたが、ぬっと手を伸ばしそれを手に取る。そして、そのまま緩慢な動きで南京錠に指先を引っ掛けると バチンッ 何の躊躇いもなく真下に引っ張り、即座に鍵を破壊して見せた。そんなに脆いものでも無いはずなのだが、南京錠はまるで玩具の如くあっけなく引きちぎられる。 ここで判明。 ルーちゃんのパワーは、やっぱり規格外。 通りでちょっと頭を叩かれただけで首がもげるんじゃないか、と思う訳です。 続いて観察していると、次に彼は箱の蓋をこじ開けようとした。だがそれに関してはミシリと音を立てただけで開く事はなかった。 「あ?」 一瞬イラッとしたように眉を寄せる。 ふっふっふ、残念でした!! ルーちゃんには悪けど、この箱は力任せでは絶対に開かない仕組みになっているのです! 所謂魔道具の一つで、きちんとした手順を踏めばあっさり開くが、そうでなければ鉄の3倍の強度を誇るびっくり小箱なのである。勿論、ミスリル等に比べれば強度としては劣るが、それでも一般的な鉄と比較すると遥かに硬い。 「めんどくせえな……おい、ホントに壊していんだな?」 一応凝った作りなので気になったのかルーちゃんが問いかける。 「大丈夫です」 思う存分やっちゃって下さい、とお願いすると彼はガパリと大きな口を開けた。 あ、やっぱり噛むんだ。 予想はしていたが、やはり彼にとって一番楽な方法がそれらしく何の躊躇いもなく箱を口元に持っていく。 噛む力、というのは生き物の持つ攻撃力の中でもかなり強い方だ。特にルーちゃんは事ある事にそれをチラつかせる事から、その力に自信があるという事になる。 噛むのが趣味、とかでなければだけれど。 ドキドキしながら見守る。 びっしりと鋭利な刃物の様な歯が並ぶ口に小箱が入れられる。そしてそのまま……ルーちゃんは、あぐっと口を閉じた。すると ミシミシ ビキ…ビシッ…… 「……げ」 思わず変な声が出た。 いやちょっと待って下さい。 その箱、魔道具ですよ魔道具。単純強度、鉄の3倍ですよ。それをーー バキンッ あっさり噛み破ると彼は牙の入った位置から缶切りの様にガジガジと噛み込みながら手の中の小箱を回転させ、最後に喰いちぎる様な動作をすると、ペッと何かを吐き出した。 カランと乾いた金属音。 恐る恐る音のした方を見ると、そこには先程までびくともしなかった箱の蓋が、かつての面影もなく無残な姿で転がっていた。 喰いちぎられた蓋には彼の牙の跡がくっきりと残されており、手にした箱本体も自然に開いたとは言い難い位、見事にへしゃげていた。 「ほらよ」 別段疲れた様子もなく、彼は私に向かって蓋の開いた箱を投げる。慌てて受け取りながらもお礼を言うと彼は 「別に。んなもんガキの歯固めにもなりゃしねえ」 「またまた。こんなの齧ったら、大人でも歯が折れちゃいますよ」 「あぁ?あー、そりゃ人間ならそうだろうが」 ん?人間なら?? その言葉に引っかかりを覚えルーちゃんを見遣ると、窓際のソファでゴキリと首を鳴らす彼の背後で、長い尻尾がゆらゆらと揺れていた。 尻尾が。 ゆらゆらと。 「はいぃーー!!?」 「うお、何だ!?」 驚いて声を上げると、ルーちゃんもソファからずり落ちそうになる。 なんかびっくりさせた様で申し訳けれど、今はそれどころじゃない。 「ル、ルーちゃん!尻尾、尻尾がっ!!!」 「あ?尻尾?尻尾がどうした?」 「尻尾があります!!!」 思い切り尻尾を指差すと、彼は何を今更と呆れた様に眉を寄せた。 「馬鹿かてめぇは。最初からあんだろーが」 「そ、そうですけど!!」 確かに初めて会った時から尻尾はあった。けれど私はそれを鎧の装飾の一部だと思っていたのだ。 目の前で、黒い尻尾がパタンパタンとソファの肘掛けを叩く。 「どこの世界に尻尾生えた人間がいるってんだ、あ?」 「だ、だって!この間までそんなにアグレッシブに動いてなかったじゃないですか!!」 「てめぇが寄越す魔力が貧弱すぎて、中々感覚が戻んなかったんだよ」 今は何とか動くには動く。と付け加える。 「まだ本調子じゃねえが……まあ、そのうちブレスとかも吐ける様になんだろ。翼はねえから、飛ぶのは望み薄だが」 「はあ……。…え、ブレス?……今、貴方ブレスとか言いませんでした!?」 何でもない事の様にさらりと言われ、私は危うく卒倒しかける。 尻尾にブレス、鱗の様な装具に強靭な顎。それに翼はないにしても飛ぶ、とくれば…… 「あの、ルーちゃん、違ったら申し訳ないんですけれど……」 「なんだ」 「……もしかして……竜種だったり、します?」 竜種。 ラスガルドにおける最大にして最強の生物。 竜騎兵が駆る翼竜と呼ばれる小さな個体でも、その体長は3mもあり、海に住む水竜は発見された最大のもので約20m。火山地帯に生息する火竜と呼ばれる種族は最大約15m。山岳地帯に生息する小型の地竜ですら、その体長は5mにもなる。 一般的に種族の殆どが肉食の場合が多く、巨大な体躯は硬い鱗で覆われ、並の武器では歯が立たないとされる。 ごく限定された地域にのみ生息する事と、各個体の気性が激しく縄張り争いで大体の個体が死亡するケースも多い為その数自体は少ないが、硬い外皮と鋭い爪を持つ彼らは紛れもなく地上最強の生物であり、熟練した冒険者でも「見たら逃げろ」を鉄則にしていると言う。 特に満月の夜には要注意。元々夜の眷属である竜種は満月の夜にその力を倍加させるので、名うての勇者ですら竜討伐に満月は避ける。 加えてブレスと呼ばれる遠距離攻撃を持つ種族はその中でも別格の強さを誇り、南方火山地帯にあるクトニアと言う国では近年気候やそれに伴う竜の狩場の変化から火竜の国土飛来に見舞われ、一部都市で甚大な被害が出たそうだ。 事態を重く見た国は討伐に国軍を派遣したそうだが、一応討伐には成功したもののこちらの被害も深刻で、現在は隣国に復興支援助成を受けていると情勢紙で読んだ事もある。 クトニアが途上国だと言うのを差し引いても、数十人もの騎士たちを一片に相手をして、それをものともしないのは、流石竜種と言った所だろう。 で、本題。 尋ねた私に対しルーちゃんはと言うと、黒い鱗に覆われた尻尾を振りながら 「ああ?んなもん、見りゃ分かんだろ」 当然の事のように言われ、今度は私がズッコケそうになる。 「分かりませんよ、そんな事!だってルーちゃん、思い切り人型じゃないですか!」 竜種なら竜種らしく、竜の姿で現界すればいいのに、人型なんて取られた日には分かるはずもない。しかし彼にはそうした常識は通じないらしく、あっさり一言。 「匂いで気付け」 どきっぱり。 貴方また、なんて無茶を仰る。 思わず天を仰いだ。 「あのですね……人間の鼻は他の種族に比べると、とても鈍いんです」 「じゃあ気配」 「それも判別つくほど鋭敏じゃありません」 「はぁん。だから人間てのは格上の生きもんに突っかかって、直ぐ死ぬのか」 「まあ……そうかも知れません」 肯定するのもどうかと思ったが、こと自然の摂理に関して言えば、人間は野生の動物に比べ遥かに脆弱であると言わざるを得ない。 一般論として頷くと、彼は何だか哀れそうに私を見る。 「ちょっと待って下さい。なんで私の方を可哀想なものを見る様な眼差しで見詰めてるんですか!?」 「あ?だってお前、劣等種だろ?良く今まで間引かれなかったなと思って」 ちょっと待って!? 今の、私1人に限定して言ってたの!? ……なんか盛大に誤解されてる。 「あのですね、私が特別残念スペックなんじゃなくて、人間全般がルーちゃんたちに比べると劣ってるんですよ。言っときますが私、普通ですから!」 「てめぇが、普通」 「そこ思ってても口にしちゃいけないトコです!」 びしっ指摘すると彼は、はぁん、と柄の悪い相槌を打った。 「で、ルーちゃんが竜種と言うのは分かりましたが、一体何て種族なんです?人の言葉を話せるって事は、少なくとも成竜ですよね」 問い掛けると彼は怠そうに、爪をシャーコシャーコと研ぎながら 「別に幼竜でも上位種なら人の言葉くらい分かるがな。確かに俺は成竜だ。種族か……あー……何だろうな?まあ、てめえらのやり方で、分かりやすく分類するとなると……古竜ってとこか?」 「こ……!!?」 古竜ですと!? 思わず思考が停止しかけ、私は慌ててぷるぷると左右に首を振り、何とか意識を繋いだ。 古竜というのは竜種の中でも一線を画す存在で、神々がまだ地上におわした神代から古代王朝初期に実在したとされる伝説の生き物だ。 元は神話の時代。 神々の戦力として創造されたとされ、古竜と称された個体は竜種の中でも高度な知識と驚異的な戦闘能力を持ち、それらが一度火を吹けば千の命が消し飛び、万の火の粉が大地を焼くと創世神話に描かれている。 現状、地上でその名を知られている個体は4体。これについてはその内述べる事として……現実的な話に戻ると、先にも述べた様に彼等の存在はあくまでも神話の中だけの話だ。 確かに実在したと提唱する宗教家や学者はいるが、その実在を示す根拠となっているのは東方のさる遺跡から発掘された「恐らく古竜のものであるだろう」とされる非常に硬質な鱗と、ナウリア遺跡から発見された現存竜種のそれを遥かに凌駕した巨大な牙1本のみである。 「ルーちゃん、いくらなんでも冗談キツイです」 私の見解としては古竜というのは神々の創り出した兵器であって、生き物という概念では縛れないものであると思っている。 神話の中で神や勇者と会話をするシーンもあるが、それは後世付け足された、いわば物語であり、実際は神々の意志に動かされるゴーレムの様なものであったのではないかと推測される。 実際、初期神話では古竜は一言も話さず、神々との行動のやり取りだけに終始しており、今の様に古竜自身が話すと言った風に変性したのは600年ほど前の神話書籍からだ。 「ルーちゃん……カッコつけたいお年頃なのは分かりますが、それは余りに荒唐無稽すぎます」 やれやれと苦笑いをすると私は尋ねた。 「で、結局のところ、ほんとは何なんです?水竜ですか?火竜ですか?あ、でも尻尾は黒いから地竜の一種という事も考えられますね。上位古代語で会話が出来るくらいですし……実際は相当お年寄りだったりします?」 「おい……」 私の言葉にルーちゃんは気分を害したのか、軽く牙を剥いた。 そんな顔したって駄目です。私は騙されません。仮に百歩譲って竜種である事は認めても、古竜というのはいくらなんでも無理がある。 第一、そんな伝説の生き物なんて召喚しようもんなら塔の魔術師たちは今頃大騒ぎで、私は一瞬で最高位の導師として迎えられるか危険分子として幽閉されている事だろう。 それに、仮に古竜なのだとしたら先頃面会した父が彼を雑霊呼ばわりする事も有り得ない。例え他の誰もが気付かなくても、べネトロッサの当主である父が、べネトロッサの所有物であるはずの従霊の能力を見誤る事など……絶対に有り得ない。 「ルーちゃんが古竜なら、私は神様です。もし本当に古竜なら竜形態も取れますよね?ちょっと見せて下さい」 強気に乞うと、彼は一瞬押し黙り 「……今は無理だ」 苦い表情で呟いた。 「なんでです?」 「言ったろ。てめえの寄越す魔力が貧弱過ぎて話しになんねえんだよ。それに例えなれたとしても、俺は見せもんじゃねえ」 「でも古竜なんですよね?」 「そうだが……もし俺が竜形態なんぞとったら、てめえん家、潰れんぞ」 なんともお粗末な言い訳だ。 「構いませんよ、本当に古竜なら例え家をぺちゃんこにしちゃっても塔から助成金がガッポリ入ってもっと大きなお家に建て替えられちゃいます」 しれっと告げると彼は再び考える仕草をしたものの、やがて諦めた様に唸ると 「チッ、信じねえなら勝手にしろ」 プイと顔を背けてお気に入りにしているソファで不貞寝する。 「信じてあげたいのは山々ですが、内容が内容なので確たる証拠がないと手放しには信用出来ません」 「……そうかよ」 「拗ねないで下さいよ。私だってそういう特別感には憧れありますし、気持ちは分かります」 「てめぇと一緒にすんな」 完全にへそを曲げてしまった。声が刺々しくて、なんだか居心地が悪い。 けれどこればかりは仕様がない。 私は(へっぽこだけど)魔術師だ。 何かを信じる為には、それを裏付ける証拠がなければ認める訳にはいかない。 「ルーちゃん」 「話しかけんな。噛むぞ」 「……ごめんなさい」 ちょっと言い過ぎてしまったかもしれない。 声を掛けたが、あっさりと会話を拒絶されてしまった。でも、私はどうしても自分の気持ちを曲げられない。 そうこうしているうちに夜になり、気まずいまま朝になって、昼になりーー気付けば丸1日会話をしない日が2日も続いた。その頃になると私も流石に焦ってきて、何とかルーちゃんのご機嫌をとろうと頭の中で必死になってあれこれ考え始めていた。 焼き立てのマフィンを片手に、日向ぼっこをしているルーちゃんにそれとなく近付く。でも何と声を掛けていいのか分からない。 普通の人は友達と喧嘩をしたら、どうやって謝るのだろう。 私には親しい友達もいないので、こういう時の対処法というのがまるで頭に浮かんでこない。 「………」 マフィンを乗せたお皿を持ったまま彼がいるソファの周りを落ち着きなくウロウロしていると、不意に重々しい溜息が聞こえた。 「うぜえ。なんか用か」 相変わらず不機嫌MAXな声音。しかし確かに棘はあるものの、向こうから声を掛けてくれたのは有難い。私はそれに便乗し、お皿のマフィンをずいっと彼の目の前に差し出した。 「マ、マフィンです!」 大きな声でそう言うと、彼は一瞬、鋭い雰囲気の赤い瞳を軽く見開き 「見りゃわかる」 素っ気なく答えた。 冷たい。心が折れそう。けど私は諦めずに彼に話し掛けた。 「美味しいですよ!」 「ふん」 「一杯あります!」 「……だから?」 「だから、ええと……」 一生懸命に謝罪しようとするが、中々言葉が出てこない。いつもならすぐ「ごめんなさい」と言えるのに、今回は何故だか口に出来ない。 何でだろう。 お皿を手にしたまま俯いていると、不意にソファの影が動いた。目の前には不機嫌そうな彼。軽く開けた口から覗いた牙がギラリと光った。 噛まれる!? 反射的に身構えて目を閉じる。しかし、予想した痛みや衝撃は一切なく、恐る恐る目を開けるとお皿の上のマフィンが何個か消えていた。 「……え?」 驚いて彼の方を見ると、ルーちゃんはモクモクと口を動かしていた。 食べてる!! その姿になんだかホッとして、私は頬を緩めた。 「ルーちゃん……」 彼は私に一瞥をくれただけで特に何も言わず、マフィンの山に手を伸ばし続けている。 堆く積まれていたマフィンの山が、みるみるうちにルーちゃんの大きな口の中へと吸い込まれていく。それが何だか嬉しくて、私はつい軽口を叩いた。 「ルーちゃん、カップは食べちゃダメなんですよ?」 「あ?知るか。こんなの木の皮みてえなもんだろ。食える」 相変わらずカップごと食べてしまうルーちゃんにそう言うと、彼は面倒臭そうに鼻を鳴らした。 「そうですね」 思わず笑顔になる。すると彼はそんな私を見て、盛大に顔を顰めた。 「何笑ってやがんだ。気色悪ぃ」 「ほっといて下さい」 相変わらず柄は悪いし態度も素っ気ないが、それでも自然と深くなる笑みを私は抑えられなかった。 「変な奴だな、てめえは」 「てめえじゃないです。ソルシアナです」 「うるせえ小娘」 「小娘でもないですよ。一般的な女子の適齢期はやや過ぎてますし。強いて言うなら女性区分かと」 「俺からみりゃ、充分ガキだ」 「かもしれませんね」 マフィンはあっという間になくなってしまったーーこれは、追加すべきかもしれない。 「あの、私、マフィンのおかわり持って来ます!」 空になったお皿を手に部屋から飛び出そうとすると、扉を出かけた辺りで背後から声が掛かった。 「おい、ソラ」 「!!」 ルーちゃん、今……私のこと、ソラって呼んだ? びっくりして振り返ると、ソファの上で寛ぎモードに入ったルーちゃんがこちらを見る事もなく言った。 「喉乾いた。ついでに何か取って来い」 「……私、召使いじゃないんですが」 「うるせえ。噛むぞ」 「お持ちします」 即座に答える。と言っても怖いからではなく、そうしたいと思ったからだ。 ソラ、と。彼は呼んでくれた。 ソルシアナの愛称。 今は呼んでくれる人もいなくなった私の名前。 「行ってきますね」 「おう」 返ってきたのは短い返事。 その声に押される様に、私は軽い足取りで部屋を出て行ったーーそんな事があって、今日に至る。 あの日以来、少しだけルーちゃんと仲良くなれた気がする。勿論、相変わらず噛むとか齧るとか事ある事に言われたりもするので、もしかしたら私の気の所為かもしれないが……ほんの少し、許容される範囲が増えた様な気がする。 その証拠に、常識力の有無について牙を鳴らして威嚇したルーちゃんは、もうソファで寛ぐのを再開していた。 「ルーちゃん」 「なんだ」 声を掛ければ相変わらず面倒そうではあるものの、きちんと返事もしてくれる。 多分、この声音が彼のデフォルトなのだろう。不機嫌そうだけれども。 そう思う事にしよう。 「おい、なんだ」 いつまで経っても用件を言わない私に苛立ったのか、ルーちゃんがジロリとこちらを睨む。 「あ、いえ別に」 「用がねえなら話しかけんな、うぜえ」 「はい、すみません」 「チッ」 舌打ちをして彼は鋭い眼光を湛えた瞳を閉じた。そしてそのままクッションに顎を置いて日向ぼっこ。 暇だ、退屈だ、面倒だと言う割に、日向ぼっこだけは大好きみたいで日がな一日こうして時間を潰している。 明日からは忙しくなるかもしれないし、今の内に好きなだけ日向ぼっこさせてあげよう。 正魔術師になった私の従霊なのだから、きっと色々な仕事をする事になるだろうから。 「ゆっくり休んで下さいね。明日からお仕事一杯ですよ、きっと」 「知るかよ、めんどくせえ」 冷たくされてもめげないもん。 これから慌ただしくなるであろう日々に期待と、ほんの少しの不安を抱きつつ、私は手にした襟章を大事に掌で包み込むのだった。
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