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第5-1話「仕事が来ない」
「……おかしい」
私はポツリと呟いた。
「何がだ」
その呟きにルーちゃんが問いかける。
「おかしい。これって絶対おかしいです」
「……だから、何がだ」
もう一度繰り返した私に彼も少しだけ苛立った様に声を上げる。しかし、それに怯えている私ではない。これはもう由々しき事態だ。
「何で……何でお仕事の依頼が来ないんですか!?」
ガタンと椅子から立ち上がると、落ち着きなく部屋の中をうろつく。
「魔術師は普通、正魔術師として登録されたら何処かの部署に配属されて、専門の職務に従事します!そのはずなんです!!それなのに……!」
申請して登録が受理されて早2週間。
塔からの配属命令や部署の打診は一切なく、私は部屋で悶々としていた。
最初は私の申請が査定の魔術師を経由していないから、それの認可に対する追加調査が行われている関係で配属が遅れているのかと思った。
私の様な召喚を行った場合、まず間違いなく塔で追加の調査が行われる。何故かと言うと答えは簡単。
私が査定に落ちている……というか、正式な査定の段階では従霊を発現出来ず、事後召喚という前代未聞の珍事を引き起こしたからだ。
一般的な召喚査定の流れとしてはこうなる。
まずべネトロッサを本流とする召喚術師の一族の子女が正魔術師を目指す場合、本部に召喚の儀を行う旨を伝える。すると塔がそれを審議し(我が家の場合はフリーパスだけれども)、通れば春の塔内人事前に儀式が執り行われる。
ひと月前までに監督を行う担当の魔術師が決められるのが通例で、査定を行うという性質上、該当の魔術師は導師階級以上の計測魔術に優れた魔術師が選出され、彼等は当日、我が家にある召喚の間へ赴き儀式に立ち会う。
査定魔術師はまず召喚の有無を確認し、次いで召喚された従霊がどの様な能力を保有してその従霊がどれくらいのランクに相当するかを審査し、それを受けて従霊には等級が付けられ、それがそのまま正魔術師の初期評価となり配属先が決まるーーそれが通常の手順。
でも私の場合は違う。
本家での査定終了後に従霊が現れると言う、まさかのスーパーイレギュラー召喚だった。
前例が無いため、本来なら召喚無効として従霊を元界送還(元の世界に強制的に戻す事)されても可笑しくはない状況。しかし落ちこぼれとはいえ、私も一応は名門べネトロッサの次女である。
本家としては送還措置となっても文句はないだろうが、私の父が塔の役員や学院の理事を務めている関係上、周囲の魔術師が気を遣って特例措置として審議しているのかもしれない。
そう思って不安ながらも更に追加で1週間近く待機したーーこれで3週間目に突入。
けれど……ここまで放置されると流石の私でもおかしいと気付く。
ルーちゃんを取り上げられないのは有難い事ではあるのだけれど、それにしたって塔側が何も言って来ないのはおかしい。
根拠はルーちゃんの等級が、未だに定められていない事にある。
従霊の能力は登録が義務付けられている。
先も述べた様に術者が保有する従霊には等級が定められ、それにより魔術師の力量が決まるからだが、理由はそれだけじゃない。
彼等の中には危険な思想や能力を持つ者、術者に対して反抗的な者も少なからず存在する為、事前にその能力や行動傾向を測っておく事でリスクを未然に防ぐというのが本来の目的だ。
特にルーちゃんの場合、その能力が主である私でも未だ正確に把握出来ていない。
驚異的な身体能力は歯の強度実験の際に判明したが、本人が竜種だと語る以上、それ以外の能力を持っていても可笑しくない。が、彼自身も今の所自分から自らの能力を開示する様子は見せない。
だから、その判断を行う為に追加の調査が行われているのだろうと私は勝手に思っていたが……追加調査をするなら従霊を伴っての等級審査が一番手っ取り早く正確だ。なのに「等級審査を受ける様に」との要請すらない。
「これって絶対おかしいです」
本日何度目かになる、おかしいです。に、ルーちゃんが溜息混じりに身を起こす。
「別にいいだろ」
「良くないです。竜種だって分かったから、その旨も私、ちゃんと本部に報告したんですよ?それなのに等級審査も査定魔術師の派遣もないだなんて」
「因みに何て報告した」
「“ルーちゃんは多分竜種です。尻尾があるので。本人もそう言ってます。あと牙がとっても硬くて力も強いです。鉄でも噛み切ります”って」
素直に追加書類に書いた内容を告げると、彼は呆れた様に眉を寄せ
「なあソラ。やっぱてめぇ、馬鹿だわ」
「失敬な!」
「幼児の作文かそりゃ。まさかそのまま書いてねえだろうな」
「……まさか」
「何で今、ちょっと間が空いた」
「気の所為です」
「嘘付け。目が泳いでんだよ」
鋭い……!?
「鋭くねえ、アホか。あとちゃんと遮蔽しろって何度言やわかる。このうっかり迂闊馬鹿小娘」
「もう!ああ言えばこう言う!」
「ヒスんな、うぜえ」
「だってルーちゃんが!」
「噛むぞ」
「……ごめんなさい」
勢いに任せて押し切ろうとしたが、あえなく黙らされる。
だって噛まれたくない。
歯型どころか無くなります。頭が。
「でも……やっぱりおかしいじゃないですか」
しょんぼりと項垂れると、彼はソファ横のローテーブルに置かれたケーキスタンドからおやつのアップルスコーンを摘みながら答えた。
「んなに気になるってんなら、聞きに行きゃいいだけの話だろうが」
「……え?」
目をぱちくりと瞬かせる。
聞きに行く?
「どこにですか?」
首を傾げると彼は思い切り、それこそ遠慮も配慮の欠片もなく盛大に溜息をついた。
「知るかよ。てめぇのがその辺詳しいだろうが」
「でも……」
「引き篭もってうじうじ悩むくらいなら、少しは自分の頭で考えて動け。窓口でも担当の査定魔術師でも本部でも、どこへだって聞けんだろ。何の為についてんだ、てめぇの頭と足は」
「………」
「いい歳して他人任せにしてんじゃねえよ。これだからお嬢育ちは」
確かに、それもそうだ。ルーちゃんに言われるまで、全く気付かなかった。
「ルーちゃん!!」
私は勢い良く彼の手を取った。
目から鱗とは、まさにこの事。
「有難うございます!私、目が覚めました!!」
「お、おう。そいつは良かったな」
ぶんぶんと掴んだ手を振って感謝の気持ちを表すと、彼は何だか呆気にとられた様に軽く目を見開いた。
「よし、そうと決まれば早速確かめなくては。まずは窓口で確認です!」
「そうか。頑張れよ」
他人事の様に言われ、私は思わずぴたりと動きを止める。
「え?一緒に来てくれないんですか?」
すると彼は、はあ?と怪訝そうな顔をし
「何で俺が行かなきゃなんねえんだ」
「え!?だ、だってルーちゃんが教えてくれたんですよ!?気になるなら確かめろって」
「あぁ、言った。だが一緒に行くとは言ってねえだろ。めんどくせえ」
「でも」
「確かめたいのはてめえだろ。俺じゃねえ」
にべも無く断られ、手を振り払われる。
「ルーちゃぁん……」
泣きそうになって情けない声が出た。
一人で行くだなんて……せめて窓口くらい一緒に行ってくれてもいいのに。
「甘えんな」
ゴロリと横になる彼は、どう見ても動いてくれそうにない。
「……分かりました。一人で行きます」
「あぁ」
恨めしげに告げても、彼はこちらを見ようともしない。
完全に興味を失ったらしい。
「きっと私、緊張して上手く喋れなくて、たらい回しにされるんです」
「……」
「それできっとおかしな事言い出して、ルーちゃんを取り上げられちゃうんですね」
「……あ?」
ピクリとルーちゃんの眉が跳ねた。
私は続ける。
「ルーちゃんがいないと私、ただの落ちこぼれですし……きっと何処か遠くへお嫁にやられて、ルーちゃんも元の世界に強制送還されちゃうんです」
「おい」
「それで私は短く儚い人生を泣きながら終え、ルーちゃんはもう一度暗い牢獄かどっかで残りの人生、お勤めにーー」
「~~!なるかボケ!人を勝手に牢獄送りにしてんじゃねえよ!つーかそれ以前に、お勤めなんて言葉どこで知りやがった!?良家育ちのお嬢の口から出る単語じゃねえだろうが!!」
「本で読みました」
「さらっと言うんじゃねえよ!どんな本読んでんだてめえ!」
「小説とか。流行りものってその時の情勢に左右されますから、世俗的思考を養うのに向いてるんですよね。それにほら仕事してない分、私、時間だけはありましたし」
「魔術師なら大人しく魔導書読んでろ!」
「それは偏見です。確かに魔術師の大半は魔導書やら研究書なんかの専門に偏ったものばかりを好んで読みがちですが、中には経済紙や情勢紙を読む魔術師もいるんですよ?」
「……てめえの本の好みはもう、どうでもいい」
頭痛を抑えるように額に手を当てながら答える。
「つーかてめぇ、今さり気なく俺を脅しやがったな」
ギロリと赤い瞳が光る。
「脅してなんかいませんよ。事実です。多分私、まともに話せませんから」
「あぁ?」
顰めっ面の彼の方を見ると、私は自信なさげに人差し指同士を合わせる。
「私、人と話すの苦手なんです。講義とか議論なら受けて立ちますけど、知らない人とのやり取りとか、文書以外では出来ません」
「嘘付け、俺とは普通にやり取りしてんじゃねえか」
疑わしげな視線が向けられたが、私は今までの事を思い返しながら話す。
「ルーちゃんはいいんです。私の従霊になってくれた人?ですから、特別と言うか。でも初対面だとほんと無理です。基本、言いたい事の10分の1も言えません」
「なんでだよ」
「………怖くて」
子供の頃は人が怖いと感じる事などなかったのだが落ちこぼれてからというもの、家族を含めた周りの人間全てが離れていった為、どうにも会話というものが苦手になってしまった。
話し掛けても無視される事の方が多くて、心が折れたと言った方が正しいけれど。
「じゃあ友達に頼め」
どうしても行きたくないのかルーちゃんがそう告げる。だが私は小さく首を振った。
「それも無理です。私、友達いないので」
あっさり言うと彼は鼻の頭に皺を寄せて苦い顔をした。
「……一人もか?」
「うーん、昔はそれらしい人も何人かいるにはいたんですが……5年くらい前からさっぱり音沙汰なしなので、もう縁は切れちゃってますね、多分」
「……そうか」
呟くと彼は何と言葉をかけるべきか悩む様に考え込む。なんか逆に申し訳ない気持ちになってきた。
「えっと……」
気まずくなって様子を窺うと彼は大きく息を吐き、のそりと立ち上がった。
「行くぞ」
「え?」
そのままスタスタと扉に向かって歩く彼の背を見ていると怒声が飛んだ。
「ボサッとすんな!行くぞ!!」
「あ、はい!!」
慌てて彼の大きな背中を追い掛ける。
小走りで走り寄ると、ルーちゃんは大股で先へ先へと進んで行く。
「ルーちゃん、待って下さい!」
「うるせえ、黙って着いて来い」
「でも玄関、そっちじゃないです!!」 「…………」
叫ぶと彼は何ともバツの悪そうな顔をした。
ルーちゃん、基本部屋から出ないし。
家の構造知らなくても、無理ない。
「どっちだ」
「あ、こっちです」
「真逆じゃねえか!!先に言え!この馬鹿!!」
怒鳴られました。
理不尽です。
先に歩いたの、ルーちゃん。
「……やっぱ一人で行け」
「ああぁあ、嘘です!嘘ですから!一緒に来て下さいぃ……!!」
腕に縋りつくと彼はうざったそうに声を荒らげた。
「縋るな鬱陶しい!おら、さっさと案内しろ!!」
「は、はい!!!」
ルーちゃんに急かされる様にして、私は駆け足で玄関に向かう。その間、散々文句は言われたものの彼は途中で引き返すことも無く着いてきてくれた。
やっぱり面倒見がいい。
柄は悪いけど。
「帰る。それか噛む」
「どっちも嫌ですぅぅ……!!」
騒がしい声を上げながら、私たちは星骸の塔本部にある窓口へと向かったのだった。
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