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本来ならば夜のうちに姿を消して去っていくのが通例の妻問なのだが、この御方はどうやら余程自分の抱き心地が良いのか呑気に眠っている。
神様でも寝るのか、と何となくそんな事を思う。
そうしていると不意に褥に付いた自分の血の痕に気が付いた。
白い布に散らされた赤。破瓜のそれであると理解し、ああ自分は妻になったのだと思った。
普通なら愛おしさを抱くのだろう。
帰りもせずに我が身を愛でる夫に感謝感激し、身を尽くして愛おしむべきなのだろう。
だが、その時ーーそれを見た瞬間、何だか無性に腹の底から激しい怒りが湧いてきた。
だって物凄く痛かったし。
しかもこっちは祭祀で大家主様に眷属にと推された手前、本物の眷属であり高位の国津神が御相手ともなれば否やとは言えないし。
受け入れたら受け入れたで、こちらが痛がっても止める気配もなければ事後に労る言葉があるでもなし。
男ってぇのは、何だってこう自分勝手なのか
沸沸と怒りを滾らせていると、突然パチリとその御方の眼(まなこ)が開いた。
鬼灯の様に赤く熟れたしっとりとした双眸だ。
黄金色の鱗と良く対比して、驚くほど神々しく、美しかった。
高志の若宮。
直系の親族。
それが自分の夫になった神だった。
彼は目覚めるとシュルシュルと身体を離して褥に蜷局を巻く。それに合わせて拘束が解かれて自由になった。
「ご機嫌麗しゅう。我が背の君」
一応無礼にならないようにと声を掛けてみたが
………
答えない。
最初はまだ起き抜けで寝惚けているのかとも思ったが、真紅の瞳は真っ直ぐにこちらを見詰めており強い意志の輝きを感じる。
なら無視かい
更にイライラが募る。
昨夜の事が脳裏にチラついて赤面しそうにもなるが、初めて男を受け入れた娘に対して夫となるべき神は余りにも素っ気ない。
「朝餉になさいますか?」
とりあえず饗(もてな)さねば。
それが祭祀であり妻になったものの務め。
そう思うのに、そんな健気な自分の気持ちなどお構い無しに神は気ままな様子でじっとこちらを見たかと思うと、次には褥にポテリと長い首を垂れて大欠伸をした。
ギラリと鋭い牙が光り、大きな真口は恐ろしげで普通の感性を持つ若い娘ならば怯えていたかもしれない。
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