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第100-2話「東方神州録~要神(かなめがみ)編」
子宝に恵まれ、娘を授かった。
無口だが生来蛇神にしては気性の穏やかな夫は大層娘を可愛がり、真口に入れて遊んでやったり(間違って呑み込んだら危ないので、ぶん殴って止めさせた)、尻尾を使って高い高いをしたり(空に向かって放り投げてるのを見て肝を冷やした。なのでこれも、ぶん殴って止めさせた)と、良く面倒を見てくれた。
そうしているうちに乳飲み子だった我が子も大きくなり、読み書きを覚える歳になった。
神の血の為せる技か余人の子よりも覚えが良く、数えで3つになる頃には祭文や和歌、漢詩を諳んじる様になり簡単な算術も覚えた。
賢い愛娘と変わり者の夫。
祭祀になった頃は死ぬまで独身で家族など持ちようもないと思っていただけに幸せだった。
祭祀は国人たちに敬われるが、その職務は命懸けだ。
一度国に災いが起きればこれを何としてでも鎮めなければならない。
祝詞をあげて加護を請い、鎮めようと努力しても力及ばぬ時は大枚を叩いて寄進、施しを行い、自身は何日も飲まず食わずで一心不乱に祈り続ける。
それでも駄目から近隣の村から人柱を選び、神に捧げて祈らねばならない。人柱は名誉な事だが、身内知人の心を思えば如何程か。
人殺しの責を負い、それでも祈る。
他者の命を贄にして災いが治まればまだ良いが、それでも駄目なら今度は祭祀自身が贄となる。
我が身を捨てて護国鎮護を願うのだ。
だが祭祀が、女の祭祀がそれを行えるのは自身が生娘の時だけだ。
当然の事ながら、娘を産んだ自分は祭祀から降ろされた。でも人にも戻れない。人の身でありながら高志の眷属ーー蛇神として祀られた。
最初はそれも良かった。
だが……そのうちに娘を祭祀にしようとする動きが一族、朝廷の中で起こり始めた。
無理もない。
高志の若宮の血筋で国津神の大家主からも眷属に封じられた強力な神子の血を引く娘なのだから。
国の為に優れた祭祀をと望むなら、誰よりも適任で白羽の矢が立つのも当然だった。
当然、それは拒否した。
しかし帝の呪殺事件や皇族や大臣の処刑や島流し、果ては地方豪族の反乱などが立て続けに起こり国が乱れ始めると、一部では人が神になったから天帝がお怒りなのだと言う声もあがった。
娘を祭祀に。
さもなくば、天帝を鎮める贄に。
そう言われた。
冗談ではなかった。
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