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第2-3話「契約者と極悪従霊」
契約続行で話がまとまり、漸くホッと一息ついた私は部屋でモーニングティーを飲んでいた。
その際、先程から気になっていた事があって……聞くべきか悩んだが、ここは主と従霊、お互い歩み寄って親睦を深めるべきだと思い切って尋ねて見る事にした。
「あのね、ルーちゃん」
「あ?」
「……ひ!ごめんなさい!」
呼んだ瞬間に射殺さんばかりの強烈な視線が向けられたせいで、私は一瞬カップを落としそうになる。
怖い。
ほんと何でそんなに怖いんですか貴方。
視線で人が殺せそうですよ?
怯える私に溜息一つ吐くと、ルーちゃんは不機嫌さを隠そうともせずに
「一々ビクつくな。うぜえ、噛むぞ」
「か、噛んじゃ駄目です!」
「じゃあ齧る」
「齧るのも駄目!美味しくないです!きっと!!」
「そうかあ?魔術師の血は従霊にとっちゃご馳走だ。お前、魔力もイケるしな。血も肉も美味いと思うぜ?」
「……あの、そこは本心でも多少包み隠して下さい。怖いです」
「冗談だ」
わかりづら!!
貴方の冗談、わかりづら!!
「うるせぇよ。で、何だ?」
「あ、ええと……」
今また心を読まれた気もしたけれど、もうここは気にしない様にしよう。
心に決めると、私は先程から思っていた疑問を口にした。
「あの、ルーちゃん。何で昨日と喋り方が若干違うんですか?」
そうなのだ。
昨日出会った時と、今話している時。
ルーちゃんの口調がどことなく違う。
そこがどうにも引っかかり、私は首を傾げた。私が問うと彼は怪訝そうゆ眉を寄せ
「……お前、魔術師だよな?一応」
「一応は余計です!!魔術師です!力一杯、魔術師です!確かに当家に於いてはゴミ屑以下の存在価値しかありませんが!!」
「自信満々で言うとこかよ、そこ」
「ほっといて下さい!……で、何でなんですか?」
悲しくなってきたのはさて置いて尋ねると、ルーちゃんは呆れた様子で話し始めた。
「昨日会った時は上位古代語。今は共通語で話してる。それだけだ」
「え?」
「もしかしなくてもお前……気付いてなかったのか」
また溜息。
「まあ、俺も驚いたが。まさか上位古代語を話す俺と、まともに会話出来る魔術師が今の世の中にいるとは思わなかったしな」
「ええと……」
全く気付かなかった。
ルーちゃんの喋り方の違いと、彼が驚いた……というか呆れた内容については、彼の口にした言語について説明しなければならない。
魔術詠唱は近代魔術を除き、基本的には古代語と呼ばれる古い、力ある言葉によって紡がれる。
詠唱に使われる言語は神代語、上位古代語、常古代語、下位古代語の四種類に分類される。
神代語はもっとも古く、力がある言葉とされ、これは主に神々に祈りを捧げる司祭以上の上級聖職者が学ぶものである。所謂、奇跡を招く言葉でありその強力さから一部の御業にのみ用いられ、常用はされない。
文献に残っている僅かな文言だけが現存するのみで、会話として話すことは不可能であるとされている。
次に上位古代語。これは魔術が始まった魔術時代初期、力を扱う為の触媒として神代語を元に編み出された言語であるとも、高次の存在からもたらされた言語であるとも言われており、その発生には諸説ある。
魔術の名門校である学院や、私の所属する星骸の塔などの歴史ある組織には比較的潤沢な資料が残されており、教師となる人物さえいれば学ぶ事は可能だ。ただし非常に難解な言語な為、習得に至るまでには長い年月と不断の努力が必要となる。
次に常古代語。これは上位古代語ほど難しくはないが、下位古代語ほど簡単ではない。中間言語だと思ってくれればわかりやすい。
最後に下位古代語。これは学院や各派閥に於いて主流となる魔術言語であり、魔術全盛期から今日に至るまで詠唱の多くはこの下位古代語を用いて行われるのが通例となっている。
みっちり学習すれば習得できる簡単な言語で、魔術の触媒としてもそれなりに効果が期待できる。また現在普及している共通語の元になった言語でもある為か、中には似たような単語も複数存在する。
で。私たち魔術師はこれらの言語を操ることにより様々な魔術を行使するのだが、古ければ古いほど習得は困難であり、ましてや共通語が普及する世の中において、これらの特殊言語を常用する機会はまずないと言っていい。
つまりザックリ言うと私は異国の古典言語でルーちゃんと会話し、そのまま特に何も気にせず今は現代語で会話をしていたという訳だ。
「馬鹿の癖に学はありやがる」
「もう!馬鹿馬鹿言わないで下さい!失礼ですよ!?」
「馬鹿に馬鹿つってどこが悪い」
「むぅ」
腹立たしい。が、あながち今回に限ってはかなりお馬鹿な対応をしでかしたので反論出来ない。
「ところで小娘」
膨れっ面でミルクティーを飲んでいるとルーちゃんに声を掛けられ、私は眉を寄せる。
「小娘じゃないです。ソルシアナ・ファウリア・ド・ベネトロッサ。偉大なる召喚の祖、アゼルの末裔、28代当主・ランドルフの娘です」
そう告げるとルーちゃんはこちらも眉を寄せて
「なげぇ。舌噛みそうな名前だな」
「貴方に言われたくないです」
ファーストコンタクトで真名を明かしてしまったのでもういいや、とばかりに本名をフルネームで名乗れば辟易した様子で呟かれた。
「呼びにくくて仕方ねえ。変えろ」
なんたる理不尽。
「な、名前で呼ばなくても……マスターでいいじゃないですか。私、貴方のマスターなんですし」
そもそも従霊が主を名前で呼ぶなんて聞いた事がない。従霊は従者であり、マスターは主。もっと敬意を払われて然るべきなのに。
ムスッとして唇を尖らせると、ルーちゃんは面倒臭そうに口を開く。
「てめぇがマスターって柄か?つーか、俺を使役出来るほどの実力もねぇだろうが。てめぇなんざ小娘で充分だ、小娘」
「だ、だから、小娘じゃありません!ソルシアナです!」
「黙れ小娘。噛むぞ」
「ううっ」
ほんとに犬というか、獣の様です。
脅す時に必ず噛むぞとか、齧るぞって言うのは彼の口癖なんでしょうか、誰か分かる人、教えてください。
まあ確かに私みたいなみそっかすが従霊を召喚出来ただけでも御の字な訳で……むしろ私は彼に感謝しなくてはいけないのかもしれない。
来てくれた、その1点に関しては。
「………」
無言で朝食のマフィンを口に入れる。
暫くの沈黙。
空気が重い。
気まずくて口を動かす事に集中していると、ルーちゃんが首を傾げた。
「おい」
「何ですか」
「……それ、美味いのか?」
「は?」
「てめぇの食ってるそれだ」
それ、と手にしたマフィンを指さされる。
「ただのマフィンですよ。……食べます?」
「食う」
そっとお皿を差し出すと、彼は無遠慮に手を伸ばしマフィンを掴むとそのまま大口を開けて口の中に放り込んだ。
「ちょ、紙はちゃんと剥がして……!」
「……あ?」
ああ、この人、カップごと食べちゃった。
しかもあんまり咀嚼してない。
ほとんど丸呑みに近い。
ゴクリと嚥下すると、彼は僅かに考える仕草をし、続けて手を伸ばした。
そのまま二つ目も丸呑みにする。
「ええと……もしかして、気に入りました?」
「何がだ」
「マフィンです。これ、このお菓子」
「良く分からん」
分からんと来ましたか。
そうですか。その割に三つ目も口に放り込んじゃってますが。
「……まあ、悪くはねえな。血の滴る生肉にゃ劣るが。不味くはねえ」
「比べるものが加工食品と非加工食品である事に突っ込みたい所ではあるのですが……」
「うるせえ、噛むぞ」
「すいません、噛むのはやめて下さい」
ギラリと尖った歯を剥かれ、反射的に謝る。
ほんとに怖い。けど思ったよりは怖くなくなってきた。
多分、彼に本気で噛む気が無いからだろう。
昨日初めて会った訳だが、粗暴な所はあるにせよ彼にはそれなりに知性的な面もある。いや、上位古代語からあっさりと共通語へと言語をシフトする辺り、もしかしたら並の魔術師よりは遥かに頭が良いのかも知れない。
「で?」
「はい?」
急に、で?と尋ねられ、私は首を傾げる。
「お前、召喚には一応成功してんだろうが。こんなとこで呑気に油売ってていいのか?」
「あ、その事ですか」
彼の問うた内容に合点がいき、苦笑いを浮かべる。
どうやら彼は本当に様々な知識を持ち合わせているらしい。
召喚に成功した魔術師は晴れて一人前となり、塔の部署へ配属される。その前に、一族や塔の主立った面々が集まりお披露目とお祝いのパーティが開かれるのが慣例だった。
「私のパーティはないんです。査定の時に呼べてませんから、塔ではまだ魔術師として認知されてません」
「だが一応呼ぶには呼んだ。報告しとけ」
「それは……そうなんですが……」
私は言い淀んだ。
査定後に召喚に応じた従霊など、前例がない。それに対して保守的な塔がどう出るか分からなかったからだ。
下手をすれば、契約の上書きなどで彼を取り上げられる可能性もある。
「まあ、てめぇがそれでいいなら俺もいい。別に見せもんになる気もねえしな」
「ありがとうございます」
お礼を言うと彼はフンと鼻をならしてそっぽを向いた。
照れているのかとも思ったが顔色を伺う限り、ただ単に興味がないといった様子だった。
「あ、ところでヴァウニア・ルルファスって名前なんですけど」
「あ?」
「私、何処かで聞いた事がある様な気がして……何でしょう、響き的には古代トルシナ語に似てはいるんですが、綴りは初期サウリ語に近い配列ですよね。もしかして黎明期の南部に縁のある存在なんでしょうか?」
疑問を口にすると彼は一瞬目を見開き、それから面白そうに嗤った。
「ほう、古代共通語だけじゃなく地方の言葉にも造詣があんのか、てめぇは」
「齧った程度なので話せはしませんよ。ただその辺の文献は面白くて。暇な時、蔵書庫で読み漁っていたので」
「変人だな」
「ほっといて下さい」
何か上手くはぐらかされた気がする。
でも確かに聞いた事というか、見た事がある名前の様な気はした。直ぐに出て来ない所を見ると、そんなに頻繁に出てくる名前ではなかったのだろう。もしかしたら何かの付随の存在なのかも知れない。
どちらにせよ、その時代の古い“何か”である事は確かだ。
「うーん、気になってきました。読み直そうかな……」
「何冊あると思ってんだ。時間の無駄だ、やめとけ」
「でも、自分の従霊の由来は知っておきたいじゃないですか。ましてや貴方、真名も教えてくれないからどんな人なのかも分からないし……」
困惑気味に零すと彼は僅かに肩を竦めた。
やはり真名を告げる気はないらしい。
暫く悶々と考え込んでいると、不意にコンコンと部屋の扉がノックされた。
「はい」
答えると、失礼致します。と短い言葉がかけられ、使用人の1人が入って来た。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「……お父様が?」
父からの呼び出しなど、何年ぶりだろう。
「直ぐに参りますと伝えて下さい」
「かしこまりました」
返事をすると使用人は下がっていく。
その姿が見えなくなると、ルーちゃんが徐に口を開いた。
「おいてめぇ、何て顔してやがる」
「……え?」
言われた意味が分からずに首を傾げると、ルーちゃんは眉間に皺を寄せて
「親父に会いに行く娘のツラじゃねえな」
「それは……」
そうだろうとも。
何しろ父に会うのは2年ぶりだ。
まあ、その間どこかで顔を合わせる事はあったかもしれないが、向こうは私と会話する気もないので殆ど無視。
私も迷惑をかけないようにと、見掛けても出来るだけ声をかけず、どうしても必要な承認が欲しい時は人伝に頼んでいたくらいだ。
「あの、私、父が苦手で」
「見りゃわかる」
言い訳を返すと、ずばりと返された。
そんなに分かりやすいのだろうか。
「迷惑を掛けたくなくて……ずっと距離を置いていたもので。あの、こういう時、どうすればいいんでしょうか?やっぱり手土産とかお礼の手紙とかを持参すべきですか?」
「てめぇの親に会うのに何で手土産や手紙なんぞが必要になる」
「いやほら、お会い頂きありがとうございます的な」
無理に時間を割いてくれたことだけは確かだ。
私みたいなのに会うために。
それなら、それなりの感謝と謝罪を表そうと思っただけなのだが、ルーちゃんには分からないらしい。
「親なんぞ気にする事でもねえだろ。アイツら、うぜえだけだしな」
「ルーちゃんにも親御さんがいるんですか?」
ちょっと驚いた。
「てめぇ……俺を何だと思っていやがる」
「いえ、その、ごめんなさい。何か1人で勝手に大きくなったタイプの人かと思ってました」
「……まあ、あながち間違っちゃいねえが」
「……ルーちゃんの親御さんて、どんな人なんです?」
立ち入った事だと怒られそうな気もしたが、参考になるかも知れないと勇気を振り絞って尋ねると、返答は意外な程あっさりと返ってきた。
「一言で言うならうぜえ。我が強くて威張り散らしてて口を開けば綺麗事ばっかり抜かしやがる。俺を厄介者扱いして、顔を合わせりゃ弱い者を助けろだの、慈悲だのなんだのと説教ばっか垂れてたな」
「それは……ある意味、マトモな親御さんなのでは……?」
「あ?」
「すみません、調子に乗りました。続けて下さい」
先を促すとルーちゃんは苦い顔で続けた。
「で、人を繋いで四六時中説教した挙句、兄弟連中けしかけて来たんで、面倒になって縁を切った」
「は、はあ。ルーちゃん、兄弟もいるんですね」
「うぜえ事この上ねえがな」
まるで唾棄する様に顔を顰める。どうやらいい思い出ではないらしい。その証拠に先程から彼の手が忌々しげに握り締められている。
ちょっと私と似ているのかもしれない。
私は繋がれたりはしなかったけれど。
「それで……その後、親御さんや兄弟の方とは?」
「あ?ああ、会ったぞ、1回な」
「そ、その時はどうしたんです?縁を切ってたんですよね!?」
前のめりになって問い質す。
もしかしたら仲直りしたとか。そうでなくとも歩み寄るとか、とにかく何か参考になる様な事がーー
「何度も何度もしつけぇしうぜえから、いい加減頭にきてな。喉笛喰いちぎってその辺に捨てて来た」
はい、無理ー。
聞く相手を間違えました。というか
「おおおお親御さんの喉笛喰いちぎったんですか!??」
「?ああ。何か問題あるか?」
「大ありです!一体全体、どうしたらそんな極端に走れるんですか貴方!!?」
しれっと言われて思わず突っ込む。いやもう突っ込むというよりは、何というか。
「まあ、親なんざそんなもんだ。俺には元々奴らの庇護は必要ない。なら一緒にいるだけ無駄だ」
「無駄って……」
絶句する。
言葉が見つからなかった。
彼の様子を見る限り、どうやら本当にそう思っているらしく、むしろ何故私がこんなに取り乱しているのかが分からないと言った風だった。
家庭環境、複雑すぎる。
「てめぇももういい歳だろうが。一々親の顔色なんざ伺うな。やりたいようにやりゃいい」
何だろう。とてもマトモな助言ではあるのだが、親の喉笛喰いちぎった人に言われてると思うと、なんかこう、素直に頷けない。
「気に入らねえなら、俺が喰ってやろうか?」
「結構です!!!」
親切のつもりなのか、さらりと成された提案を全力でお断りする。
どうしよう。危険そうな人だなー、とは思ってたけど、ここまでぶっ飛んだ人だったとは。
とんでもない人を召喚してしまったのかもしれない。
「あー……」
軽く頭痛がして思わず宙に視線を泳がせると、お代わりのティーポットに入ったミルクティーを、ざばっと口に流し込んだ彼が言った。
「まあいいじゃねえか。折角のご招待だ。一緒に行って、噛み付いてやろうぜ」
どこか意地が悪く、それでいて楽しげな凶悪な笑を浮かべる彼の不穏な言葉を聞きながら、私は渋々と父の元へ行く準備を始めたのだった。
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