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それなら自分が贄になると申し出たが、仮にも神の身でそれは許されないと突っぱねられた。
夫も、認めなかった。
彼に問うても人心の乱れは神の意志ではなく、単に人の欲望から巻き起こるもので根本的な改革を行わなければ意味が無いと諭された。
付随して起きる天災は時期的なものと、人の念が引き寄せた結果であるから無視するのが良いと。
確かにそうだろう。
でも神州に産まれた者として、祭祀であった身として、それを呑むことは出来なかった。
歯痒く、口惜しい気持ちで一杯だった。
そんな折り、とうとう恐れていた事が起きてしまった。東方神州では100年に1度起こるとされている大津波ーーその兆しが現れたのだ。
この大津波は古からの約束事の一つで、根の国の女王が定めた人狩りの災害だった。
増え過ぎた人を減らし、荒らされた国土を癒す為の神聖なものとされていたが、その時期にぶち当たった人族にしてみれば堪ったものではない。
それを回避する為に、今度こそ娘を差し出せと帝直々に詔が届いたのは娘が8つになった頃。
神の血を引く娘を神子として奉じ、天津神、国津神の加護を請うて大津波を鎮めるのだと。
自分はともかく娘は間違いなく国津神の娘であり、ひいては天津神たちから見ても遠い孫に当たる。きっと加護を頂ける筈だと。
だが祭祀である自分は知っていた。
神様とは本来、そんなに甘いものではないと。
自分は偶偶、人に産まれた高志にしては声が良く通り、気紛れな夫がそれに応え続けてくれたが為に今の地位を得たが、それすらも夫が国津神で国土を棲家としていたからだ。
荒れると棲みにくいから、適度に整えるのに協力するのには吝かではない。
その程度の事でしかなかっただろう。
だが天津神は違う。
彼等は高天原という遥か天空に住まい、地上を見おろしている。地上はあくまでも彼等の持ち物であり、傍観する為の箱庭だ。
根の国の女王と約束を交わした天津神も、大津波を治めた事は過去一度もない。それが取り交わした契約であり、不可侵な約定だったからだ。
国津神よりも高位に位置する天津神が決めた事は、絶対に覆らない。それこそ天津神たちの親神である天帝でもなければ不可能と言える。
そんな中、娘を差し出せばどうなるか。
加護を請えぬ神子として贄にされる。
贄にされても大津波は防げず、可愛い我が子は死した人々に祟られる。
そんな事、耐えられようか。
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