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『案ずるな。お前の声は、我の耳には良く届く。鎮んでいても聞こえよう。……届いたならば、応えてやる。微睡みの中で……言葉は、掛けてやれぬだろうが』
「……」
そんな。
国津神でも強大な力を持つ1柱が鎮んでも、大津波は完全に回避出来ない。
それどころか目覚めれば再び災悪は起きるだなんて、これでは八方塞がりではないか。
「ごめんよ、アンタ……あたいが、非力なばっかりに……」
謝る以外に何が出来ようか。
高志の一族に生まれ人より強い神通力を持ち、眷属に格上げされて夫にも恵まれた。なのに自分では何も出来ず、民を悪戯に不安がらせるばかりか、我が子を救う為……愛する夫まで犠牲にしようとしている。
「もっとあたいに力があれば……」
せめて眷属に見合うだけの力を持ってさえいれば、或いは何とかなったかも知れない。
夫と共に、天津神や根の国の女王に少しは抵抗出来たかもしれないのに。
でも、自分は無力だ。
無力な人間なのだ。
どう足掻いても何かを失う事を定められた矮小な存在に過ぎない。
その事実の、何と歯痒い事か。
夫か、我が子か。
天秤の針は傾かず、どちらも大事だと訴えていた。
『ホナミ』
動揺を隠しきれない妻に、夫である国津神は声を掛ける。いつもと変わらぬ穏やかさで。
『穂浪。我が妻よ、頭(こうべ)を下げよ』
「アンタ……?」
『其方は稲穂。我が稲穂。稲穂は常に真っ直ぐ、我と同じく金色に育つ。其れ等が頭を下げる時……その身は人の食(じき)となり飢餓から救うだろう。それと同じだ。お前が頭を下げるなら、我は天雲慈雨となり、お前の為に尽くすだろう……お前のそれには、我がそうするだけの価値がある』
「でも……!」
『請うがいい。我が稲穂。この我に……嘗て幾度もそうして来た様に。お前の言葉であるのなら、我は……決して無碍にはせぬ。決して違えまい』
「そんな……あたいに、請えと言うのかい!?願えというのかい!?アンタに、犠牲になっとくれと!!?」
『そうだ』
「夫に死ねと願うようなもんだ!そんな馬鹿な話があるかい!?」
絶叫すると夫は静かに口を開いた。
『それで良いのだ』
「……っ!」
『お前は、人なのだから』
穂浪が目を見開いて、弾かれた様にそちらを見ると、夫は頷いた。
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