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第100-3話「東方神州録~別離編」
それから2度の季節が巡った。
夫が鎮まった事で紫山と大和の一部は津波の被害を免れ、人々は口々に国津神の慈悲に感謝した。
穂浪の住む社のある地域と大和と中心部である朝廷はほぼ無傷で、それに謝意を示した帝は黄金色の国津神を国家鎮護の象徴として朝廷の柱神(国を挙げて祀る神。天帝やその一族に次ぐ天津神が多く、国津神では大津波を鎮めたこの1柱のみ)に祭り上げた。
それに伴い、以前は9年に一度とされていた大祭は年一度に開催期間を短縮され、穂浪たちが住む紫山にはその度に大量の貢物が届けられ、人柱も用意された。
貢物は嬉しいが人柱は困ると穂浪は朝廷に申し出たが、帝は国津神の機嫌を損なう事は出来ないとし、その旨が臣民に広がると、あろう事か人柱を志願する者さえ現れ始めた。
頭の痛い問題だ。
あの人はもう贄など必要としないのに。
死ぬだけ無駄だとどれだけ説明しても理解して貰えず、今年もまた人柱が出てしまった。
折角大津波を生き抜いたと言うのに、こんな事に命を使うだなんてとんだ愚か者だと思ったが、人柱に選ばれた者は誰も皆誇らしげで、その家族にも朝廷から一族が今後一生困らないだけの莫大な報奨金が出たと言うから始末に負えない。穂浪は頭を悩ませる。
同時にもう一つ、頭を悩ませている問題があった。
娘の事である。
最初の年は「ととさま、いつかえる?」と無邪気に尋ねる程度だったので、来月だよ。また来月だよ、と先延ばしにしていたのだが、半月もする頃には何かを感じ取ったらしく
「ととさま!ととさまは!?ととさまに会いたい!!」
と泣き出す事も増えていた。
子供とは大人が思う以上に物事に敏感なものだ。
娘が大泣きする度、穂浪は必死になってそれを宥め、毎夜の様に泣きじゃくる我が子を抱き締め眠った。
生き残りの民からは生き神やら国津大神(くにつのおおかみ)の妻だのと無責任に崇められ、我が子には父親の居所を毎日の様に問い質され、挙句時折嘘つき扱いまでされる。
「帰ってくるって言ったのに!ははさまの嘘つき!!」
その言葉が何よりも堪えた。
自分が死ぬ時は御霊を迎えに来ると言っていたから、いっそ死んでやろうかとも思ったが、そんな事をすれば娘が独りぼっちになってしまうし、国も沈む。
だから歯を食いしばり耐えた。
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