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第3-1話「血族」
ベネトロッサ家ーーその興りは古く、魔術黎明期の古代魔導王朝時代にまで遡る。
今から1500年前。神代が終わり神々が閉じたる世界へと退去したのを期に人間の歴史が始まった。
神々の庇護を失った人々は襲い来る自然災害や魔物の脅威に晒されつつも、懸命に生き長らえ、一つの技術を開発した。
それが“魔法”である。
魔法は源素と呼ばれる自然界に存在するエネルギー、即ち神々の残した力の残滓を糧として利用する方法で、呪文という力を宿した言葉を媒介として発現させる正に奇跡の一種であった。
しかし、当時の魔法はその効果に斑があり、また一部の才能ある魔法使いを除いて顕現が非常に困難であった為、使える者はごく少数で、広く普及するには至らなかった。
ごく少数の魔法を扱える者たちが国を興し、扱えぬ者を支配するという時代が訪れたのも無理からぬ事である。
魔法使いたちは王族、または貴族を名乗り、このラスガルドの覇権を廻って激しい勢力争いを繰り返したーーこれが世に言う「第1次魔導大戦」である。
大戦後、疲弊した魔法使いたちは各地の豪族(ここでは非魔法民)に取り入り、その命を繋げた。
庇護を与えた豪族たちも彼等の持つ魔法的要素を重要視していた為、利害が一致した事で古代の魔法は衰退せず、保護されたのである。
支配力を失ったとはいえ(一部の魔法民系王侯貴族はその支配権を未だ有していたのは別述)、元より魔法に対する造詣の深かった彼等は、豪族たちの庇護の元、様々な研究を行い魔法という不確かな顕現力しかもたないものを、よりコンスタントに使用可能な様式として昇華させた。
これが、“魔術”である。
新たに新語(現在は古代語と呼称される)を媒介として用いる事でより効率的に源素を固定し、触媒を使い、魔力を増幅させ、以前に比べると格段に力を行使しやすい体系を整えたのが古の魔導師たちーーつまり、私たちの祖先に該当する。
ベネトロッサ家は古代王朝時代に王族に仕える一公爵に過ぎなかったが、王朝の衰退と共に離反する貴族が出る中で複数の貴族と共に独立し、ベネトロッサ公王国を樹立した。
初代公王・アルベルトの時代である。
そこから紆余曲折を経て現在に至るまで、我が家は魔術の大家として存続し続けてきた。
何度か危うい場面もあったものの、アルベルトから遺伝した霊層と基定回路、そして異界ーー即ち神々のいるであろう世界への扉を開く事の出来る能力を持っていたことが滅亡を逃れた要因の一つだと言われている。
アルベルトがどの様にしてその特異ともいえる体質を手にしたのかは文献に残ってはいない。一族の中では、ある神と契った為だとも、神の血を引くからだとも言われているが定かではないーーそんな由緒正しいベネトロッサ家が、困った事に私の生家なのである。
星骸の塔を築いた“創始三賢者”の1人、ワイニスも我が血筋であり、今なお「偉大なる」と銘打たれる召喚術の開祖・アゼルもまたべネトロッサの末裔で……つまり、何が言いたいかと言うと……私の一族は、思い返すだけで胃が痛くなる家系だという事だ。
当然、他の魔術師からの畏敬の念も集めており、その家の子女は幼い頃から絶大な期待と羨望を寄せられて育つ。
私の姉などはその最たる例で、9歳の頃、初めて行った召喚の儀では中位クラスの従霊2騎を同時召喚し、15歳で更に上位クラスの召喚を成し得、一躍天才魔術師としてその名を魔術師界に轟かせた。
姉の陰に隠れてさして目立ちはしないが、兄も14歳の若さで高位の従霊を1騎(現在は2騎保有中)、弟も13歳で中位の従霊を1騎召喚している。
父が15歳、母が16歳で従霊召喚をしている事から考えても、私の兄弟たちがいかに優れているかは一目瞭然だろう。
で、私はと言うと……
15歳で初めて従霊召喚を行い失敗。
16歳で兄や姉に面倒を見て貰っておきながら、2度目の失敗。
17歳で3度目の召喚に臨むもこれにも失敗し、この日を境に両親の関心(特に父の)は一気に失せた。
18歳になって1人で挑んだ時には緊張と気負いからか魔法陣すら発動せず、今まで僅かなりと会話をしていた母からもついに見放され、仲の良かった弟に至っても兄姉に続いて塔の部署へと席を置き、顔を合わせる事はおろか手紙のやり取りすらもなくなった。
そして19歳。
左遷覚悟のラストチャンス。
何とか儀式は行ったものの査定員がいる前であっさり失敗。
遅延が発生したのか何なのかは良く知らないが、彼が遠見を打ち切ってから、まさかの従霊召喚。
本来なら喜ぶところだが、呼んだ従霊はまさかの危険従霊で契約したのにその真名すら不明。しかも色々問題が……というか、めちゃくちゃ怖かったりするので、もう何にも言えない。
おまけに仮契約の時に魔力を吸われすぎて昏倒しかけ、本契約で付けるはずだった名前をど忘れした挙句ーー彼に愛犬の名前を付けてしまうという体たらく。
穴があったら埋まりたい。
「埋めてやろうか?」
「結構です。あと勝手に人の頭の中覗かないで下さい」
「なら遮蔽しろ、駄々漏れ娘」
「その呼び方やめて下さい!何か変なものが駄々漏れしてるみたいでやです!!」
「やかましい」
……口の減らないというか、口の悪い従霊です。
態度も粗野なら口調も乱雑で、凡そ従霊という使役霊には相応しくないと言うか、とにかく怖い。
すぐ噛むとか齧るとか言うし。
「はぁ」
溜息をついて、のろのろと足を動かす。
向かっているのは父の部屋。
恐らく昨日の儀式が失敗したので、イェルガー家に嫁にいけという左遷通告が主な要件だろう。
「失敗はしてねえだろ。つーか、お前、嫁に行くのか。そりゃおめっとさん」
「どこが目出度いんですか……」
左遷だって言ってるのに。
脳内覗き見してる割に、言葉の通じない従霊ですね。
「噛むぞ」
「嘘ですごめんなさい」
鋭い犬歯を剥き出しにして威嚇され、脊椎反射で謝る。
ああ、私一応マスターなのに、なんでこんなに立場弱いんでしょう。
これじゃ逆です。
そう思うものの文句は言わず、足だけはしっかりと動かして父の元へ向かう。
長い廊下を歩くと豪奢な意匠を施した木の扉が見えて来る。
あれが目的地。
近付くにつれ、徐々に胃がシクシクと痛み出す。と、その時だ。ルーちゃんがピタリと歩くのを止めた。
「ん?どうしたんですか?」
尋ねると彼はスンと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らし、扉の方を凝視している。
「ルーちゃん?」
怪訝に思って声をかけるが彼は黙ったまま、ただ扉を睨んでいる。
「もう、一体どうしたんですか!」
聞こえているはずなのに反応がなく、無視されている様な感じがしたのでペシペシと腕を叩いてみる。すると
「うるせえな、叩くな。噛むぞ」
「そ、そうやって直ぐに噛むって言うのやめて下さい!」
「あ?」
「うぅ……」
ギロリと威圧感の塊と共にキツイ視線を浴びせられ、思わず背を丸める。
どうしたのか気になっただけなのに、ひどい。
小さくなる私を他所に彼はフンと鼻を鳴らすと、そのまま何も言わずに歩き始めた。
「あ!ま、待って下さい!!」
その後を慌てて追い掛ける。
何というマイペースさか。
何とか追いつこうとするものの、コンパスの長さが違うため、彼に少しでも早く歩かれると私は走らなければならない。
パタパタと走って、大きなその背に追い付こうとする。その途端
「ぶっ」
突然彼が足を止めたので、私は思い切り彼の背中に顔をぶつけてしまった。
……痛い
「着いたぞ」
一方のルーちゃんは、クイッと顎をしゃくって扉を示す。どうやら私がぶつかった事に気付いてもいない模様。
「うう、鼻が痛いです……凹んだらルーちゃんの所為ですからね?」
「低い鼻が更に低くなったところで、何か変わるのか人間てやつは。伸ばしたいなら引っ張ってやろうか?」
「丁重にお断りします」
彼の馬鹿力で引っ張られたりしたら、伸びるどころか頭ごと千切れそうだ。
「おら小娘、さっさと済ませるぞ」
「はーぃ……」
全身から面倒オーラを吹き出す彼に気乗りしない返事を返し、私は扉の前に立つ。
小さく深呼吸をすると軽く拳を握り、静かに、しかしはっきりとノックをした。
コンコンと木材の鳴る音が響く。するとややあって、部屋の中から返事が返って来た。
「入れ」
「失礼します」
短い断りを入れてノブに手をかける。
力を込めて押すと、ぎぃっと鈍い音がして扉が開いた。
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